ウルトラガール
12.『PANDORA』

「はあ・・・頂上はまだかな・・・?」
「うん、まだあと1時間ぐらいだと思う」
曲がりくねった細い山道を登って、瑠奈と菜穂はヘトヘトになっていた。
「ほら、2人とも遅いわよ!みんなに遅れるわよ」
前方から九川先生の声がする。
「はーい」
とりあえず返事をする2人。クラスのペースに追いつけずに置いてけぼりになりそうだ。
「瑠奈ちゃん、少し休んでいこうか」
「だめよ、これ以上遅れたら追いつけなくなっちゃう」
「でも休まないと、もう歩けないわ。」
「そうね、この格好じゃ仕方ないわよ」
2人は互いに服装を見合った。他の生徒達はジーンズにTシャツ、スニーカーにリュックの軽装であったが、この2人だけはいつもの白薔薇女学院高校の制服。つまりスカ−トに革靴、手にしているには黒の革鞄だった。
「今日が遠足だって聞いてた?」
瑠奈が聞いた。
「全然。学校に行ったら観光バスが止まってたんでびっくりしちゃった」
「私も。学校休むわけにもいかないので来ちゃったけど、やっぱり休めば良かったかなあ・・・」
「そうね、バスの中じゃみんなの笑い者だったし・・・ああっ!疲れちゃった。休んじゃおっと」
菜穂が道の傍らの草の上に大きく伸びをしながら座った。瑠奈もその横に座った。
「喉乾いたなあ。でも何も無いや」
2人は鞄を開けごそごそ探したが教科書やノート。遠足で役立つものなんか何も無い。
「仕方が無い。食べちゃおうか?」
菜穂が取り出したのは弁当箱だった。
「え、まだお昼前よ」
「だっておなか空いたんだもん。じゃあ、いただきまぁす」
菜穂が弁当箱を開けて食べようとしたその時だった。
ガサガサ
後方の茂みが音をたてた。びっくりして2人は動きを止め、互いの顔を見た。そしてゆっくりと音のした方へ視線を移した。
そこは麓へ続く斜面で杉の木立の下に草が茂っているだけで、見たところ変った事は無かった。
「な、なんだろう・・・」
「わかんない。きっと菜穂ちゃんの弁当の匂いに、動物がつられて来たんじゃない」
「えっ、動物!猿とか狐とか狸とかかな?」
「いや、熊かもしれないわよ」
瑠奈が脅かしで言ってみた。が、菜穂はさらに上を行っていた。
「ゴキブリかもしれない」
「ゴキブリ!?あんな小さな虫が茂みで音を立てるわけないじゃない!」
瑠奈は笑ってしまった。しかし菜穂は真面目な顔で話しを続けた。
「えっ、知らないの?最近、山林に2mの銀色をした巨大ゴキブリが出るって話」
「巨大ゴキブリ・・・」
銀色の巨大ゴキブリ・・・って、それは他所の巨大ヒロイン小説だわ、あまり他所のを使っていると怒られるわよ。第一、ウルトラガール対巨大ゴキブリだなんて、そんな気持ち悪いのと対戦だなんて絶対イヤよ!
「そうだ、私見てくる」
瑠奈が巨大ゴキブリの事を想像しているうちに、菜穂はすくっと立ちあがって茂みの中へと歩いていった。
「ちょっと危ないわよ」
「大丈夫」
そのまま歩いていって茂みの中をごそごそ探し回っている。夢中になっていた菜穂の背後から突然巨大なゴキブリが突然襲い掛かった。
という瑠奈の心配は杞憂に終わった
「こんなの見つけた!」
うれしそうに箱を抱えて戻ってきた。
「なにそれ」
見ると一辺が15cmぐらいの古くて汚い箱だった。
「結構重いわよ。鉄でできてるのかな?」
重そうに持っていた箱を地面に置き、菜穂が尋ねた。
「そんな事ないわよ。こんな古い鉄ならとっくに錆びてる。きっと青銅か何かね。あ、ここに何か文字がある」
土まみれの箱の表面をどけて見るとそこには『PANDORA』とあった。
「PANDORA?なんの意味かしら?」
どっかで聞いたような・・・でも瑠奈には思い出せない。
「わかんない・・・。あっ!もしかして宝箱じゃない」
「宝箱?」
そうかなあ?こんな汚い箱がとてもそうには見えないけど。
「それじゃあ開けてみよっと」
菜穂が箱の蓋をガタガタいわせながら開け始めた。
「ちょっと!ダメよ勝手に開けたりしたら。何が入っているかわかんないでしょ」
「え?なんで。こんなに重いんだから宝物がいっぱいに決まってるわ。そうだ、きっと徳川埋蔵金よ」
「そんな徳川埋蔵金なんてあるわけないじゃない。重機を使って、あれだけ掘りまくってもなにも出なかったんだから。それに早く行かないと、みんなが心配しているわ」
「瑠奈ちゃん、先に行ってて。私には財宝の方が大事なんだから」
それでもなお、こじ開けようとしている。
「もう!勝手にしなさいよ。私、行くから」
瑠奈は足元に置いてあった鞄をもって歩き出した。
もう、あのわからずや。早く行かないとみんなが心配するっていうのに・・・ブツブツ・・・
独り言を言いながら、すたすたと早歩きで歩いていると、後ろの方で「わぁ、開いた!」と声が聞こえた。振り返ってみてみると、100mほど向こうでうれしそうな顔をして箱を覗きこんでいる。
「えっ!」
その時だった。菜穂の身体を箱の中から立ち上る煙のようなもので包まれた。
・・・何であんなに煙が出るの?煙と言えばもしかして『PANDORA』って玉手箱の事?そうなると菜穂ちゃん。浦島太郎みたいに、おばあさんになちゃうのかも。
瑠奈の頭の中にそんな事が思い浮かんだ。菜穂の身体を包んでいた煙は一瞬で消えて再び姿が現れた。顔中皺だらけと言う事もなく、外見上は何ら変わりなかった。
「き・・・気分が・・・」
しかし煙の中から現れた菜穂は、か細い声を出し、顔の表情は苦しそうで足元をもたつかせながら、ゆっくりとこちらに向かって歩き出した。
「菜穂ちゃん、どうしたの?!」
瑠奈は急いで駆け寄ったが菜穂はふらふらしながら今にも倒れそうだ。苦しみだえる菜穂を見ながら瑠奈は最悪の事を考えざろうえなかった。
・・・あの箱に入っていたのはもしかして毒ガス?あの事件のサリンやVXガスがこんな山中に捨てられていたのかも。
「る・・・瑠奈ちゃん・・・わ、私・・・」
「大丈夫よ今行くから。あっ危ない!」
ふらふらになって歩いていたが、ついに力尽いて倒れた。運の悪い事に倒れた所は急斜面のなっていてそのまま菜穂の身体は斜面を転げ落ちていった。
「菜穂ちゃん!」
瑠奈が斜面の淵にたどり着いた時には、菜穂の姿は木々と深い草で覆われた森の中に消えていた。
「どうしよう・・・」
どこまで落ちていったのかしら?このままこの急斜面に私一人が降りていって助けられるわけないし・・・
そう悩んでいたその時、遠くから声がした。
「月里さーん、北嶋さーん」
九川先生の声だ。
「先生。助けて!」
大声で手を振って助けを求めた。
「どうしたの?」
先生の姿が見えると、駆けながら瑠奈の傍にやってきた。
「北嶋さんが・・・ここから転落して・・・」
「えっ!」
「それに、毒ガスみたいなのを浴びちゃって・・・」
瑠奈の声を聞くと先生の顔色が見る見る蒼ざめていくのが瑠奈からもよくわかった。
「お、落ち着いて。まずは助けを呼ばないと」
そう言うと先生は携帯電話を取り出して、ダイヤルしようとしたが
「だめ、圏外で繋がらない。こんな山奥じゃダメか」
「先生。私のも使ってみて」
瑠奈の携帯電話を差し出してみるがこれも圏外表示だ。ならば最後に傍らに置いてある菜穂の鞄から携帯電話を取り出してみるがこれも同じく圏外だった。
「仕方がないわ。私が麓まで下りて助けを呼んでくるから、月里さんはここに居て」
瑠奈が頷くと、先生は走って山道を下って行った。瑠奈は先生の後姿をずっと見守った。森の影でその姿が見えなくなると、一体どうしたらいいのかわからない不安に襲われた。辺りは静かで鳥のさえずりも聞こえない。しんと静まり返っている。すると、その静寂を破る悲鳴が遠くから聞こえてきた。
「先生!」
間違いなく九川先生の悲鳴だ。瑠奈は急いで先生の方へ走った。曲がりくねった道の先で先生は立ちすくんでいた。
「先生どうしたの?」
瑠奈が尋ねると先生はゆっくりと腕を上げ指差した。
「あ・・・・あれ・・・・」
驚きと恐怖で震える指先には、捜し求めていた人がいた。
「ど、どうして・・・菜穂ちゃん・・・」
ここからは木々が低くなって向こう側の山が見渡せる。その木々と山の間に横を向いて菜穂ちゃんが「ここは何処?私は誰?」のような感じで、ぼおっと立っていた。別に空中に浮かんでいるわけでなく、足は地に付いている。そう、山のようにぬうっと巨大になっていたのだった。
「ど、どうしたらいいの?」
先生が瑠奈の傍らで困惑した表情を浮かべている。どうしたらいいのっていわれとも・・・こうなったら救急や警察は手が出せない。そうだ、私がいかなくちゃならないんだ!
「先生、私が助けてきます!」
「助ける?」
「はい」
そう返事をすると瑠奈は木々の繁る急斜面を駆け下りた。
「待って、危ない!」
うしろで先生の声がするが、急斜面を駆け下りる足はもう止まらい。立ちはかる木々を避けながら一気に駆け下りた。
「待ってて菜穂ちゃん、いま行くから」
その時だった、つま先に何かが引っかかった。
「きゃああ!」
倒木に足を取られ、そのまま一気にバランスを失って転がって落ちていった。

***

「痛ったぁい・・・」
ようやく転げ落ちた身体の回転が止まり、転んだ時の衝撃で全身に痛みが襲ってきた。
「大丈夫?瑠奈ちゃん」
回転と痛みで堅くつぶっていた目をその声で開けた。そこには菜穂ちゃんの心配そうな顔があった。
「いててて・・・ちょっと転んだだけ・・・」
落ちてきた山の斜面を見ると、先ほどつまずいたところから多くの木が倒されて山肌があらわになっている。転んだ時に変身したんだけど派手にやりすぎたかしら?
「急にガサガサって音がして、そうしたら急に瑠奈ちゃんがそこから出てきたんでびっくりしちゃった。一体どこから出てきたの?」
菜穂ちゃんが削り取られた斜面を指差しながら、不思議そうな顔をして言った。
「いや・・・その・・・」
瑠奈が答えに困っていると
「ねえ、ここ何処?変な草がいっぱい生えているし・・・」
そう言って斜面に生えている木を1本、引き抜いた。
「だ、ダメよ。1本何十万円ってするんだから」
「えっ、何十万円?こんな草が?」
しまった、菜穂ちゃんは自分が巨大化している事がわかっていないみたいだ。
「ほら、植物は大事にしないとね」
適当な答えを言って、ゆっくり立ちあがってみると、山の中腹の道には、まだ九川先生が驚きで立ちすくみ、目を見開いてこちらを見ている。教え子が2人巨大化しているのだから仕方がないか。あれ、遠くの方から大勢の声がする。振り向いてみると山道の先のほうでクラスメイト達がこっちを指差しながら「何あれ!」「わあ、怪獣が出た」なんて言っている。ちょっとクラスメイトに向かって怪獣は酷いんじゃないの。
「ねえ、なんか聞こえない」
菜穂ちゃんが聞いてきた。
「そ、そんなことないわよ」
やばい、菜穂ちゃんが気づいたみたいだ。とりあえずここにいるのは良くないわ。
「ほら、あっちよ、麓へ降りましょ」
そうやってとりあえずはこの場を離れた。

***

「歩きにくくて変な道」
菜穂ちゃんが言い出した。確かに歩いているのは狭い峡谷。川原に大きな石がゴロゴロ転がっているが、巨大化してみると、ただの砂利道に細長く水が流れている感じだ。
しかし瑠奈はそれどころではなかった。どうやって菜穂ちゃんを元に戻そうか、そればかりが頭に上っていた。
「わあ、見て。広場に出たわ」
菜穂の声で前方を見ると山が途切れて、その先に一面芝生の広場のように見える水田が広がっていた。
「私、先に行ってる!」
今までの歩きにくい峡谷から開放されて菜穂が走り出した。
「ちょっと待って!」
瑠奈は慌てた。菜穂ちゃんを自由に行動させて誰かに見つかったら大変だ。そうでなくても自分が巨大化した事がわかったり、建造物を壊したら話しがややこしくなる。走って後を追いかけた。
「あっ!」
慌てて踏み出した瑠奈の足の裏に、グシャという今までとは違う感覚がした。立ち止まって足元を見てみると川を跨ぐ小さな橋を踏みつけていた。
「はあ・・・」
自分がいきなり壊しちゃうとは・・・思わず溜息が出てしまう。幸い誰もいなかったら良かったけれど、これからは注意しないと。
ふと前方を見ると菜穂ちゃんが立ち止まって柵を見ている。良かった、柵が有れば先には行けない・・・あっ、そんな巨大な柵なんてあるわけないわ!
「だめ!それに触っちゃ」
瑠奈は叫ぶと同時に走り出した。
「えっ、何で?」
菜穂の傍に走り寄ると、怪訝な顔をしてこちらを見ている。
「な、何でって・・・こ、これは、電気柵だから」
「電気柵?」
「そうよ、感電死するわよ」
電気柵とは言い喩えだわ。瑠奈は内心そう思った。目の前には高圧送電線が山の方から鉄塔伝いに続いている。以前、新幹線の架線に触ってあれだけビリビリしたんだから、こんな送電線に触ったら、いくら巨大化したとはいえ命の保証はないわ。
「入るなって事?入れてくれたっていいのにねえ。いいわ、こっちに行きましょ」
菜穂はそのまま、すたすたと送電線に沿って歩き出した。
ここで足止めにしようと思っていた瑠奈は、仕方なく後を付いて行った。
・・・ああ、どうしよう。この先、建物でも有ったらなんて言い訳すればいいのか。送電線は何とか誤魔化せたけれども。でも水田に気づかない菜穂ちゃんも鈍感だわ、こんな水びだしの芝生なんてあるわけないじゃない・・・
足もとの水田を見て瑠奈はそう思った。
「わっ、あれ見て、何かしら」
その声で瑠奈は足元に向けていた視線を上げた。前方にはその恐れていたものが霞んで見える。「行っちゃダメ!」と言う前に菜穂ちゃんは駆け出していた。
「まずいことになったなあ・・・」
瑠奈は頭を抱えながら遠くに見える街を見ながら呟いた。

***

「わあ、見てみて!本物そっくり」
街に入って菜穂ちゃんは、しゃがみ込んで建物の中を覗き込んだりして、おおはしゃぎだ。そりゃそうだ、だって本物なんだもの。本物そっくりに決まっているじゃない・・・あっそうだ!
街は避難が済んだのか人っ子一人いない。はしゃぐ菜穂の後を続く瑠奈はひらめいた。
「あ、そうそう思い出した。今度新しいテーマパークができるとか聞いたけど、ここだったんだわ」
と言ってみた。
「テーマパーク?それって東武ワールドスクウェアのこと?」
菜穂ちゃんが聞いてくる。
「違う違う。東武ワールドスクウェアなんて甘いわ。あれの何倍もの広さがあって、もっとよくできたテーマパークよ。外資系でTDLやUSJに肩を並べるくらいなんだって」
「へえ、道理でよくできているわけだわ」
菜穂ちゃんが納得している。調子に乗った瑠奈はさらに口が軽くなった。
「当然よ。USJみたいに映画撮影にも使うんだもの」
「映画撮影?それじゃあ怪獣映画とか?」
「そ、そうよ。怪獣が出てきて巨大ヒロインがやっつけるって・・・」
それは私の事だわ。
「じゃあ私達、ガリバー気分じゃなくてウルトラヒロイン気分ってところね」
菜穂がそう言いながらすくっと立ちあがって街並みを見下ろしている。ウルトラヒロイン気分を満喫しているみたいだ。
「だから、早くここを出ましょ。管理している人に見つかると大変だわ」
瑠奈がそう言って菜穂に急かすが
「ええっ、折角来たんだからもっと見てみましょうよ。ウルトラヒロイン気分をもっと味わいたいわ」
「でもまだ開園前だから見つかったら怒られるわ」
「平気、平気」
瑠奈の注意も聞かずそのまますたすたと街の中心部へ行ってしまった。
「ちょっと待ってよ」
無人の街の中で巨大少女が追いかけっこを始めた。菜穂は通りを上手く駆けるが、瑠奈は電線に足をとられたりして上手く走れない。
(本物のウルトラヒロインがこれじゃあ、話しにならないわ)
嘆く瑠奈をよそに、菜穂は楽しそうにはしゃいでいる。これでは本物のウルトラヒロインが廃ると思い、再度追いかける。住宅街を抜けてビルの立ち並ぶ街の中心街へ出た。角を曲がると菜穂ちゃんが急に立ち止まっている。
「捕まえたっ!」
菜穂の後からふざけて抱きついて見た。が、反応がない。どうしたの?と、顔を覗き込むと驚いた表情で目が点になっている。
「ねえ、あれ、なあに?」
菜穂がゆっくりと言いながら指差した。
「・・・」
それを見て瑠奈も絶句した。その指差す方向にはミニチュアのテーマパークでは絶対に存在しないものがあった。

***

『歓迎 巨大少女様』
大きな横断幕を抱えながら、交差点の真中に小人達がずらりと並んでいた。見たところ100人以上はいる。ただ、どれもうさんくさそうな男たちであるのが異様だった。
「あ、あれは・・・」
言いかけて、瑠奈は答えに困った。
「ここのテーマパークは最新のSFX技術を使って小人も再現したのよ。だから・・・」
自分でも何を言っているのか判らない。それだけ頭が混乱してしまった。しかし菜穂は瑠奈の言っている事には耳を貸さず、小人のほうへゆっくりと歩み寄って、しゃがみ込んで小人の方に顔を寄せてこう言った。
「あなた達、誰?」
目の前に、女子高の制服を着た巨大な少女の顔を前にして、男達は興奮を押さえながら言った。
「僕達はJGCと言います」
その言葉に、瑠奈は横断幕の方に目をやった。よく見ると横断幕の下の方に『JGC』の文字が見える。でもJGCって?どこかで聞いた事あるような・・・。それにしても前回同様、どうして真面目に避難しないの?踏み潰されたいのかしら?
JGCとやらの説明が続く。
「今まで巨大少女が街中を走るシーンを撮らせていただきました。今度は別のシーンを撮らせてください」
これを聞いて菜穂が瑠奈の方へ振り向いた。
「瑠奈ちゃん。撮影だって」
「ほ、ほらね。映画の撮影をしているのよ」
何とか誤魔化せそう。瑠奈はそう思った。
「ねえ、でもなんでこの人達こんなに小さいの?」
「そ、それはここがハリウッドの最新特殊技術だからよ。ハリウッドの技術があれば小人になるぐらい簡単よ・・・」
「ふうん・・・よくわかんないけど、映画の撮影って面白そうよねえ」
菜穂は瑠奈の説明より撮影の方に興味があるらしく、納得した顔をして再び小人達のほうを向いて顔を近づけた。
「わかったわ。それで私達は何をすればいいの?」
菜穂が尋ねると、小人達の中の一人が興奮気味に答えた。
「あ・・・あれを踏んでください」
指差した方を見ると、路上駐車の白い乗用車があった。
「踏むって・・・どうやって」
「片足で・・・」
菜穂は立ちあがり右足を乗用車の上にゆっくりと下ろしていった。
「こんなふうかしら?」
と言いながら、まるで空き缶を踏みつけるように足を下ろした。乗用車は菜穂の靴底の下で鉄の軋む音を出しながらつぶれていき、ぺしゃんこになっていった。小人達からは歓声というか溜息というか奇声というか、そう言う声が混ざり合って聞こえてくる。
 菜穂は足を上げると靴底の跡がついた鉄のスクラップが現れた。満足げな顔で瑠奈の方を向いた。
「ちょっと、勝手に壊したらいけないわよ」
瑠奈が困った顔で言うと
「なんで、映画の撮影なんだから」
「そ、それはそうだけど」
踏み潰したのは本物の車で、この小人達は映画撮影でも何でもない、ただのうさんくさい人達である事をどうやって説明したらいいのかわからない。
「なんか本当に、ウルトラヒロインみたいに巨大化して強くなった気分だわ。ねえ小人さんたち。こんどは何をすれば言いの?」
菜穂は小人たちの方を向いて尋ねた。興奮がまだ醒めない小人たちはしばらくボーっとして反応がなかったが、その中の一人がある方向を指差した。
「わかったわ」
菜穂は指差された方角の前で立ち止まり、思いっきり右足を上げた。
「ちょっと、そんなの踏んじゃだめ!壊したら怒られるわ!」
瑠奈の制止も聞かず、菜穂は足を思いっきり振り下ろした。小人が指差したのは交差点角に建つデパートだった。2人にとって腰ほどの高さしかないが、見たところこの街で一番大きな建物だ。菜穂の足は屋上の中心にズボッと大穴を開け、そのままズボズボと建物の中にのめりこんでいった。そして残る左足を振り上げようとした、その時だった。
「きゃあ!」
大きな悲鳴を上げ、菜穂がバランスを崩した。そのまま前のめりのなって倒れ、菜穂の身体が建物を押し潰していった。胸の下敷きになって奥側の部分を押しつぶしていき、建物の中心部にめり込んでいた右足は、振りかざされて道路側を外側に蹴り出していった。中心部の支えを失った外壁はそのまま内側へと崩れていった。
「菜穂ちゃん!」
瑠奈が駆けつけようとしたが、もうもうと立ち上る埃と煙で何も見えない。崩れ落ちる轟音と、小人達の方から聞こえる「うけけきー!」という奇声が聞こえてくるだけだ。
 しばらくして埃と煙が晴れると、瓦礫の中で菜穂がうつ伏せに横たわっていた。
「菜穂ちゃん、大丈夫?」
瑠奈の言葉に反応して身体をもそもそと動かした。身体の上に被さっていた瓦礫がガラガラと落ちていき再び小さな埃をあげた。
「はぁはぁ・・・」
瑠奈の問いには答えず、菜穂の荒い息が聞こえてくる。着ていた制服は埃まみれになっているが破けてはなく、怪我もなさそうだった。ただ目がトロンとして頬の辺りがポッと赤みを帯びている。
 そのまましばらく動きがないので、瑠奈が心配で傍に行こうとすると、菜穂の右腕がすうっと伸びて、隣の敷地へ手で探り出した。デパートは駅前広場に面していて、手の先はホームに止ったままの無人の電車を掴んだ。電車は何両かつながったままズルズルと地面を這い、そのうち連結部分が壊れたのか、掴んだ先頭車両以外はずり落ちていった。
 それまで「一体何をするの?」と瑠奈はただ見ていたが、思わず「止めて!」と叫んでしまった。菜穂は左手でスカートを捲し上げてパンティーをずらすと、右手で電車をよっくりと忍ばせていった。
「はああっ」
大きな喘ぎ声が響き渡り、ぐちゅぐちゅと音を立てながら電車がトンネルに出たり入ったりしている。
「止めなさいよ!そんな事!」
瑠奈は思わず叫んでしまった。自分も人のことは言えないけど、こんな小人達が見ている前でするなんて・・・。そうだ早く帰ろう。みんなが待ってるわ。いまなら菜穂ちゃんは、意識が朦朧としているからこの隙に、いつものように背負って跳んで帰れば変身は解けるはず。
そう思って駆け寄ろうとして、一歩を踏み出しそうとしたが、足元で何やらピカピカと光り出した。
「いや、やめて!」
瑠奈は思わず叫んでしまった。足元にはいつのまにか小人達がいっぱいウジョウジョと集まっていたのだ。JGCがこっちに集まり出したの?と、よく見ると大きな望遠レンズを手にしているのが多い。そのレンズが瑠奈の真下である足元から真上を狙っている。
「ちょっと止めてよ!」
恥ずかしくってスカートを押さえようとするものの、一歩踏み出した体制では大股開きの格好になっていて、真下からはパンティー丸出しの状態だ。そうこうするうちにますます人が集まってきた。ただどれも男ばかりだった。
「やめてっ!」
言えば言うほど人々は集まってきた。逃げ出すにも大通りは一面に小人だらけで動けない。ふと横のビルを見ると屋上にも小人達が、そして各階にも小人達が、にやけながらこちらを見ている。
 だめだ、もう動けない。と、菜穂ちゃんの方を見ると相変わらず電車を動かしながら喘ぎ声を上げている。そして、その周りにも小人の群集が固唾を飲んで菜穂ちゃんを見ていた。そうこうしているうちに満足したのか電車の動きが止り、耳元にいる小人を摘み上げた。
「だめ!それだけは絶対しちゃだめっ!!」
瑠奈は叫んだ。

***

『件名 : [JGC:XXXX] OFF会のお知らせ』
 自宅のパソコンにメーリングリストからのメールが届いた。いつもはこの種のメールには詳細な内容が書かれているのだが、なぜだか今回は場所と日時だけしか書かれていない。差出人を探ってみても全くわからない。一体誰だろう?と不審に思いながらも場所はそう遠くない関東の地方都市だ。騙されたと思いながらも行ってみる事にした。
 駅を降りると人が誰もおらず、まるでゴーストタウンのようだ。集合場所の駅からすぐの交差点には『歓迎 巨大少女様』と垂れ幕を掲げている百人程のJGCの会員がいた。
『歓迎 巨大少女様』って何の事だ?と思ったその時だった。急に地響きがして「地震だ」と思ったが、向こうの角を曲がってやって来たのは制服を着た少女2人組みだった。そう、周りのビルよりも背が高い巨大な女子高生が制服姿で2人、目の前にやって来たのだった。こんな事が現実にあるのか・・・そんなバカなという感じより、興奮度の方が遥かに上だった。巨大少女のうちの1人がこちらに顔を寄せてきて喋り出した。若くて透き通るような白い肌、そしてピンク色の唇。もうたまらない・・・と思ったら、その子が立ち上がって右足を大きく振り上げた。そして、目の前に駐車していた白の乗用車の上にゆっくりと乗せると乗用車は、ミシミシといいながらゆっくりと潰れていった。屋根がへこみ、ガラスが割れ、ボンネットがつぶれていき、最後は巨大な靴の下に完全に消えてしまった。そして再び靴が上がると、完全にぺしゃんこになった鉄の板が現れた。
 すごい・・・こんなのが本当に見れるなんて・・・そして巨大少女が何か聞いてきた。どうやらこちらのリクエストに答えてくれるらしい。交差点の角にて止めてあるバスが見えた。思わずバスを指差してしまった。
しかし巨大少女は大きく足を振りかざしてバスを踏まずに、バスの背後に建っているデパートに足を振り落とした。建物中心部のコンクリートが陥落していく物凄い音と衝撃で、建物のガラスはいっせいに割れた。そしてもう片方を振り上げた時だっだ。巨大少女の上半身が向こう側に倒れて屋上の縁の向こう側に見えなくなったと同時に、大音響がして先ほどの右脚が建物の外壁を突き破って道路側に突き出し、さきほどのバスを靴のつま先で横転させながら潰してき、それと同時に建物が一斉に崩壊していった。
・・・す・・・すごい・・・
 もう言葉がない。物凄い埃と煙で何も見えないので駆け寄る事もできない。その時、もう1人の巨大少女の方へ目をやると、その足元にいつのまにか人だかりができている。近寄ってみると望遠レンズを付けたカメラを持った男ばかりだ。なんだ盗撮野郎もこの情報をかぎ出して、いつの間にこんなに来てるだと思いながらレンズを向けているほうへ目をやると、
「うわあっ!」
そこには地上から、すらりと伸びた脚が上へ上へと続き、そしてスカートに覆われた脚が合流する地点には白のパンティが遥か上空に見えるのだった。嫌がってスカートを押さえようにも、これだけ巨大では隠し様がない。逆にこれだけ巨大だと、嫌らしさより、教会やモスクのドームを見上げる時の荘厳さのようなものを感じられた。
 この神聖なものをしばらく見とれていたが、瓦礫と化したデパートの方を見るともうもうとしていた埃と煙はなくなっていた。そちらに急いでいってみる事にした。先ほどのバスはデパート向かいのビルと巨大靴にはさまれてぺしゃんこになっていた。そこからデパートのあった方へと歩いていく。巨大な靴に白いソックス、それに続く長い脚が完全に広い駅前通りを遮断して横たわっている。と、その時だ。膝が上がって向こう側が見えるようになった。どうやら膝を曲げたみたいだ。あれ?少女の右手が電車を握っている。あれってさっきここまで乗ってきた電車だ。その先頭車1両がクレーンで持ち上げられたようにゆっくりとこちらへ空中をやって来た。すると今度は左手がスカートを捲し上げた。そしてさらにパンティーをを横にずらすと右手に持った電車がゆっくりとピンク色をした股間のトンネルに入っていった。少女の身体が小刻みに震え、遥か向こうの方から大きな喘ぎ声が聞こえると電車を押さえた右手は大きく動き出した。思わず傍へ寄ると電車の車体は白い粘液に包まれ、車内の吊り広告やつり革は、電車の動きの激しさを物語るように大きく一斉に動き、そして車内にも白い粘液が充満していった。思わずあの電車に乗りたい。と思ったが、もっとすごい事を思いつき、その場を後にした。
 歩きにくい瓦礫の山を乗り越え進んで行き、ふと横を見ると小山のようなバストが大きくプルンプルンと動いている。もうすぐだ、となおも瓦礫の山を乗り越えてようやく耳元についた。そして大きな声で叫ぶと、少女の動きが止り、大きな顔がゆっくりと向いた。その大きな瞳は快楽で目がトロンとしていた。そしてゆっくりとうなずくと、さっきまで電車を握っていた右手が僕の体を摘み上げ、ゆっくりと宙にまった。目の前にはさっき見たのと同じ巨大でかわいいピンク色をした唇があった。そしてそれがゆっくりと開き、生暖かい風が全身を包んだ。僕を支えていた右手が放され、その暗黒の中に落ちていった。
 口の中は生暖かく湿気が充満していた。そして『ゴクリ』と言う音で奥の方へ落ちていった。胃袋の中で胃酸によって溶かされ、これで死ぬのはわかっていたが、死の恐怖より遥かに、これまで抱いていた夢が達成されたと言う満足感でいっぱいだった。この巨大少女の一部になれるのなら・・・

***

「だめぇっ!」
瑠奈が叫ぶと同時に、瓦礫の上に横たわる菜穂を止めようと駆け寄った。
「だめ、そんなの食べちゃ!殺しちゃだめ!」
一歩踏み出した瑠奈の足の裏に、今まで感じた事のない感触が伝わった。
「あ・・・・・!?」
ゆっくりと、そして恐る恐る足元を見ると、そこには真っ赤な海が広がっていた。そう、瑠奈の足元には多くの小人の群集がいたのだった。
「あ・・・あ・・・あたし・・・ひと・・・踏んじゃった・・・」
ショックで、すうっと頭から血が落ちていく。そして頭の中が真っ白になっていった。
全身の力が抜けた瑠奈はゆっくりと倒れていった。その大きな身体は野次馬がいっぱい居る横のビルの上に倒れこんだ。数千トンの重さにビルは簡単に壊れ、中に居た小人たちも、その重さに潰されていった。

***

 どれくらい経っただろうか。ぼんやりとした状態のときに、口の中に何かが入ってきた。その冷たさに気がつくと、そこには菜穂ちゃんが屈んで立っていた。
「やっと気づいたのね」
菜穂ちゃんが片手にコップ。じゃなくて、どこかのビルの屋上から引き抜いてきたのか、褐色の給水タンクを持って屈みながら瑠奈の顔を覗き込んでいる。あれ、私・・・ゆっくりと上体を起こしながらも、瑠奈が思い出せないでいるとみて、菜穂は言葉を続けた。
「急に倒れちゃうんだから、びっくりしちゃったわ。お腹が空いてたんでしょ、でももう大丈夫」
お腹が空いていた・・・一体何を言っているの?私が倒れたのは菜穂ちゃんを止めようとして・・・
「あっ!」
思わず大声を上げてしまった。
「どうしたの?そんな大声出して」
「な、菜穂ちゃん。こ、小人さんを・・・」
「小人?ああ、あれ。そうよ、だって『食べてくれ』って言ってきたんだから。そう言えばさっきお弁当食べそびれちゃって、おなか空いていたからちょうど良かったわ」
「で、でもそれって小人さんを殺しちゃった事に・・・」
「いいじゃない小人さんなんて、瑠奈ちゃんだってやってるんだから」
あっ・・・そうだった。私が気を失ったのは・・・
恐る恐る足元を見るとそこには血の海と、その中に赤黒く染まった衣類や鞄、そして肉片が散乱していた。
「・・・!」
この惨状を見ると恐怖で言葉も出ない。自分のしてしまった罪の大きさが胸に押しかかった。ただ焦点が合わない瞳でその現場を眺めているだけだった。
 その時だった菜穂が大声を上げて怒り出した。
「エッチ!いつまで見てんのよ!」
菜穂の足元でスカートを除きこんでいる小人達を、まるで害虫を退治するように踏み潰しはじめた。小人達は慌てて逃げ惑うが、巨大な菜穂の靴底で簡単に踏み潰されていった。
「止めなさいよ」
瑠奈が止めに入ったが聞こえないようだ。路上には赤い池がいくつも作られていった。
「あんた達も、いつまで見てんのよ!このスケベ」
菜穂の怒りが背後に立っているビルへ向かった。
 瑠奈の方からは菜穂が影になっていて、よく見えなかったが、このビルからは前屈みとなった菜穂のスカートの中が至近距離に見える。それ目当てに小人達が窓際に群がっていた。
 小人達はビルの窓から壮大な眺めを楽しんでいた。そのパンティーがゆっくりとこちらに近づいてきて、ついに窓に当たった。大きな音をあげてガラスが割れ、小人達は逃げ出そうにも逃げられない。と同時に建物自体も崩れ始めた。天井が落ち壁は崩れ、床は落ちていった。多くの小人は落下するか瓦礫に埋まっていった。が、運のいいものは生き延びる方法を考えつき実行に移した。ムッとするパンティーに飛び移り、内側へと入り込んだのだ。密林のような黒い地帯を抜け、安全な花唇に逃げ込んだ。
「はあっ」
菜穂が思わず声を出した。快楽が全身を襲い全身の力が抜けてフラッと倒れていった。菜穂の巨大な臀部はそのままビルの上に被さり、建物は小人達の悲鳴とともに崩れていった。
「はああっ!」
菜穂はそのまま瓦礫の上にパンティーをこすりつけている。
瑠奈はただ見ているだけだった。「やめなさい」って言いたい所だけど、いつも自分がやっていることだから止めるに止められない。あれって結構快感なのよね。ビルを壊しちゃった快感で体が一気に熱くなって、それでつい瓦礫にこすりつけちゃったりして・・・。
しかし瑠奈と菜穂の決定的な違いがあった。
私の場合は無人のビルだけど、菜穂ちゃんは・・・あのビルにはたくさんの人がいるはず・・・
その時だった。満足したのか菜穂は腰の動きを止め肩で息をしていた。瓦礫の上にはパンティーからにじみ出た白い液体がついていた。そして、所々には赤いシミが。
「こんな所に入り込んでた。まったくエッチね。でもこのおかげで気持ち良かったわ」
ぐちょぐちょになったパンティーの中に手を入れて何やらつまみ出した。それは白濁した粘液で包まれ、息絶えた小人だった。
「窒息死かしら、それとも圧死?ふふっ自業自得よ」
そう言いながら死体を足元に落として靴底で踏み潰した。その後には白い粘液と小人の血が混ざってピンク色の池ができあがった。
 その残酷な光景に瑠奈は声も出ない。
「ふっ、これで瑠奈ちゃんと一緒ね」
菜穂が微笑みながら言った。
(私と一緒。って体何が?)
不思議そうな顔をする瑠奈に対して菜穂は言葉を補った。
「瑠奈ちゃんのお尻につぶされたビル。何百人て小人達が押しつぶされたはず。これで一緒って事よ」
そうだった。自分が今座っているこの瓦礫は・・・
「うわっ!」
思わず飛びあがった。瓦礫は瑠奈の倒れた時のままの形に凹んでいて、所々に赤いシミ、そして体半分瓦礫に押しつぶされた死体が散乱していた。
「・・・」
自分は靴底で人を踏み潰しただけでなく、何百人もいるビルの上に倒れこんで殺してしまった。その事が瑠奈の胸を締め付けた。ただショックで瓦礫をぼんやりと見るしかできなかった。
「あーあっ、なんかお腹空いてきちゃった」
瑠奈の衝撃を受けた様子にも構わず、菜穂そう言いながら立ちあがって歩き始めた。
「ちょっと何処へ行くの」
瑠奈が傍によって尋ねる。
「小人さん探しよ。結構おいし・・・くはないんだけど。口や胃の中でもがきながら死んでいくのが面白くって。また食べたくなっちゃった」
そうだった。菜穂ちゃんは人を食べたんだ。そう思うだけで瑠奈は背筋がぞっとした。
「どうしたの瑠奈ちゃん?顔色が良くないわよ」
「あのね菜穂ちゃん。小人を食べるのはよしましょ」
「え?なんで」
「なんでって・・・」
まさか本当の事を言えないし・・・
そう思い悩んでいる瑠奈に、菜穂の言葉が止めを刺した。
「別にいいじゃない。瑠奈ちゃんだって食べたんだから」
「えっ?」
私が小人を食べた?一体、何の事?
「そっか覚えてないんだ。瑠奈ちゃんが倒れた時にお腹が空いてんだな。って思って小人さんを食べさせてあげたのよ。まあ食べさせたと言うより水で飲み込ませたって言う方が正しいかな」
「じゃ、さっきの水は・・・」
「そう小人さんを飲み込ませるためによ。どう元気になった?」
「じゃあ、わ、私も小人を・・・」
「そう、これで私と同じく小人を食べた事になるわ。今ごろ瑠奈ちゃんの胃の中で胃液に溶かされて、ドロドロに溶けちゃってるわよ。そうそう、その小人って生意気に、私じゃなくって瑠奈ちゃんに食べてもらいって言ってきたのよ。そりゃあ瑠奈ちゃんの方が美人だからね。小人もやっぱり美人に食べられたほうがいいのかしら」
「えっ!」
思わず胸の下、胃の辺りをさすってみる。この私の胃の中に、人が入って苦しみ悶えながら胃液で溶かされている。その地獄を想像するだけで寒気がしてくる。と同時に、
「痛い!」
瑠奈は急にうずくまった。腹部に激痛が襲ってきたのだった。
「どうしたの瑠奈ちゃん」
「き、急にお腹が痛くなって・・・」
「それは小人が暴れているのね。やっぱり一度にたくさん食べさせたのがいけなかったかなあ?」
「た、たくさんてどれくらい?」
瑠奈は脂汗を掻きながら尋ねた。
「そうね・・・30人ぐらいかな」
「さ、30人も!」
「だって、JGCとかいう、さっきの人達がお願いしてくるんだもの。本当は50人ぐらいはいたんだけど、50人は瑠奈ちゃんには多すぎるなあと思って、残りは私が食べてあげたわ。きゃあきゃあ言って喜びながら口の中に入っていったのよ。本当に変った小人達よねえ」
「はあ・・・」
痛みに絶えながら、菜穂ちゃんのお惚けというか残酷さというかには、ついて行けない。
「で、でも痛いのは胃、じゃなくてもっと下のほうなの・・・」
瑠奈が恥ずかしそうな顔をして、腹部をさすりながら菜穂のほうを向いた。
「小人が消化しきれずに腸の方へ流れたのかしら?それとも食中り?。しかたがないわ、我慢しないで、そこでしちゃいなさいよ。トイレなんかどこにも見当たらないわよ」
「えっ!そ、それは・・・」
でも、そうよね。今の私が入れる巨大なトイレなんてあるわけないもの。でもまだ建物の物陰でこちらを見ているであろう小人達の前で、というより街中でウルトラヒロインが・・・わあっ、やめて!そんな恥ずかしい事、絶対できないわぁ!
「わ、私・・・もうすこし様子見るから・・・」
しくしくと襲ってくる痛みを我慢しながら答えた。
「そう。でも身体に良くないから無理はしないでね。生き残った小人さん達も瑠奈ちゃんの出したものの下敷きなるのを楽しみにしているかも。ふふふっ」
「もう、やめてよ!」
菜穂のからかいに瑠奈はもう、ついていけずおもわず叫びあげてしまった。
「はあ、はあ・・・」
うつむいて、赤いシミが所々にある道路をぼんやりと眺めながら、肩で息をしつつ腹痛が収まるのを待った。時々襲う強烈な痛みに、もうだめかなと思いながらも、ウルトラヒロインが街中でもらしちゃうなんて絶対やってはいけないわ。でもこのウルトラヒロインである私が人を踏み潰し、食べてしまった。地球の平和を守るべき私が人を殺してしまって・・・一体これからどうしたらいいの?
 こんな事になったのも元とは言え、あの箱。そう菜穂ちゃんが拾ったあの『PANDORA』と書かれた箱を開けてしまったから・・・PANDORA・・・パンドラ・・・あっ!あれはパンドラの箱!!つまりあの箱は開けてはいけなかったんだ。あの箱を開けてしまったばかりに災いが飛び出してしまった。ウルトラヒロイン小説にあってはならない小人の殺しや食らいが出てしまい、JGCとかいう、うさんくさい人達の煩悩そのままになってしまったんだわ。こうなったらどうやって元に戻すか、でもパンドラの箱から飛び出した災いを元に戻すなんてどうやってすれば・・・
 瑠奈は絶望に陥った。とにかく今のままじゃいけない。菜穂ちゃんを元に戻さなきゃ、と、ふと周りを見渡すと菜穂ちゃんがいない。ただ遠くに黒煙が上がっていた。

***

「ふふっ、小人さんたち。逃げようたってそうわいかないわよ」
街から伸びる国道は避難する車でいっぱいだった。渋滞で道いっぱいであふれる車の上に足を振り下ろし、靴底に踏まれた車はぺしゃんこになって、漏れたガソリンに引火、国道は火の海と化していた。その足元の光景を見ながら菜穂は無気味な笑いを見せていた。
「菜穂ちゃん。やめなさい!」
「あっ、瑠奈ちゃん遅いわよ。ほら、こんなとこに小人達がいたのよ。こんな小さいのに私達から逃げようって言うんだから生意気でしょ」
「お願いだから、もう殺すのはやめて!」
「えっ、なんで?」
「菜穂ちゃんがやっているのは罪もない人達を意味もなく殺しているのよ」
「人って言っても小人じゃない」
「小人じゃないの。菜穂ちゃんが大きいの」
思わず本当の事を言ってしまった。しかし菜穂ちゃんを止める方法は、もうこれしかなかった。
「私いが大きい?」
「そう、今まで黙ってたけど、あの山の中で拾った箱を開けた時。菜穂ちゃんはなぜだかわからないけれど巨大化してしまったの。だから今までの街も小人も自動車もみんな本物って事なの」
涙ながらに一気に今まで黙っていた事を一気に話した。そう、これで菜穂ちゃんが元に戻ってくれるのなら。それだけを信じながら。
「ふぅん。それじゃあ、ひとつ質問していい?」
菜穂が尋ねた。
「いいわよ」
「何で瑠奈ちゃんも巨大化してるの?」
「えっ・・・それは・・・」
瑠奈は答えに詰まった。全く予想もしていなかった質問だった。なんて答えればいいの?2人の間に沈黙が流れ、そして沈黙を破ったのは意外なこの言葉だった。
「私はウルトラガールだから。でしょ、瑠奈ちゃん」
菜穂の口からは決して出てはならない言葉が出てきたのだった。
「!?」
なぜ、どうしてそれを知ってるの?ショックで瑠奈は言葉が出ない。
「どうしてそれを知ってるの。って聞きたいでしょ?そんなのみんな知ってるわよ。怪獣が出るといなくなるなんて、いくら何でも見え見えよ。最終回までは周囲に気づかれないとでも思った?」
菜穂は愉快そうに答える。それに対して、もう瑠奈は何も言う事ができなくなった。
「いや、最終回までは何とか持ったと言うべきね」
「?」
「だってそうでしょ。ウルトラヒロインである瑠奈ちゃんがあんな残酷な事するんだもの。今日をもってウルトラガールは終了ね。次回からは、巨大女子高生が街を壊しまくって小人を踏み潰す残酷小説が始まるのよ。小人なんてすべて奴隷。これで日本は、いや世界は私のもの」
あまりのショックで全身が固まってしまった瑠奈をよそに、菜穂はさらに渋滞する車を踏みつけながら歩き出した。
「えっと、東京はこっちか」
国道の先にはインターチェンジがあって盛土の上を高速道路が通っている。そのインターチェンジの標識で菜穂は方向を確認して歩き出した。もちろん高速道路上の避難で渋滞する車を踏みしめながら。
「ふふふっ、おちびさんたち逃げられなくて残念ね。さて、まずは東京に行って私の力を見せつけてやらるわ。ふふふっ」
笑いながら人々の命を奪って歩く菜穂を見て、瑠奈は最後の力を振り絞った。絶対に菜穂ちゃんをこれ以上暴れさせてはならないと心に誓って。
「待ちなさい!」
瑠奈の一声で、菜穂はぴたりと動きが止った。
「私は確かにウルトラガールよ。地球の平和を守るために選ばれたの。その平和を破るものは例え友達と言えども許さないわ!」
瑠奈は菜穂に思いっきり飛びかかった。
「な、何するのよ!わあっ」
瑠奈は馬乗りになって押し倒した。その勢いで菜穂は倒れ高速道路上の車は潰されていった。しかし瑠奈には周囲の惨状より菜穂しか見えない。
「あなたはもう怪獣と一緒。人類の敵だわ」
「ちょっと本気なの?」
「そうよ、こんな事なら巨大ゴキブリの方がマシだったわ。友達が怪獣になってしまうだなんて・・・」
瑠奈の目から涙がすうっと頬を伝って流れた。
「さようなら・・・」
「うっ・・・くっ、苦しい・・・」
菜穂の首筋にあてがわれた瑠奈の両手に、ゆっくりと力が入っていった。

***

「・・・やめてっ!」
足をばたつかせている菜穂の足が瑠奈の腹部に当たる。でもここで止めるわけにはいかない。ウルトラヒロインとして怪獣と化してしまった菜穂ちゃんをほおっておくわけにはいかない。しかし、次の言葉で手に入る力が一気に緩んだ。
「いいかげんに目を覚まして!」
菜穂のその一声で、はっ!と瑠奈の目の前がぱっと開けた。自分は確かに菜穂ちゃんの上に馬乗りになって、両手はその首筋を絞めていた。だが周りが変だ。ここは高速道路の上じゃない。あれ、じゅうたんの上だ。それに周りを見渡すと・・・机に本棚に・・・ここは、私の部屋。
 首筋に掛かけていた両手を離しながら、ゆっくりと立ちあがり、ぼおっと辺りを見渡している瑠奈に向かって菜穂が言い出した。
「もお、びっくりした。いきなり飛びかかってくるんだもの、瑠奈ちゃんって相当寝相が悪いのね」
寝相・・・と言う事は・・・。
ここで瑠奈の頭の中で、今までの出来事が全て理解できた。そして喜びのあまり思わず叫んだ。
「良かった、今までのは夢だったんだ。パンドラの箱も何もかもが、全て夢だったのよ!」
「パンドラの箱?」
興奮気味の瑠奈を見て、菜穂は訳がわからない。
「そうよ、夢の中でパンドラの箱が開いちゃったの。でも現実では開かなかったのね。良かったぁ!」
「へえっ、パンドラの箱?瑠奈ちゃん、どんな夢見ていたの?」
「パンドラの箱を開けてしまって、そこからが大変・・・」
ここまで言い出して瑠奈は、『はっ!』っと思った。この先を喋ってしまえば自分の秘密もばれてしまう。
「・・・あとは忘れちゃった。ただ怖い夢でね」
「ふうん、パンドラの箱が出で来る夢。それって珍しいね」
珍しい。と言われて「あれっ」と瑠奈も変な事に気づいた。
「でも何で菜穂ちゃんが、私の部屋にいるの?」
考えてみればそうだ。何で朝から私の部屋にいるの?でも、その質問に菜穂ちゃんは呆れた顔をして答えた。
「なにいってんの、一緒に初詣に行くって約束したじゃない。『混むから朝8時に待ち合わせ』ってしてたのに来ないし、携帯に電話しても出ないし、仕方がないから来てみたら寝てるし、起こそうと思ったらいきなり飛びかかってきて首を絞められるし、もう最悪!」
と、かなりのご立腹のようだ。
「ご、ごめんなさい・・・って事は、今日は・・・」
「そうよ、去年から約束していた1月2日」
「という事は、この夢は・・・」
「初夢よ。普通は一富士、二鷹、三茄子、と言う事なんだろうけどパンドラの箱が出てくる夢って縁起がいいのか悪いのかよくわかんないわ」
「そ、そうよね・・・」
「でもなんで携帯に電話しても出なかったのよ」
「携帯?」
そう言えば・・・あっ、思い出した。昨夜、寝る前に枕元に置いといたんだ。あれ無い。ベットの上に上がって探してみるが見当たらない。
「仕方が無いわね。私が鳴らしてあげるわ」
菜穂ちゃんが携帯電話を取り出してボタンを押した。
「きゃあ!」
それと同時に瑠奈の足裏に振動が走った。それだけの事で悲鳴をあげてしまったのは、その感触が夢の中で小人を踏みつけた時の感触と同じだったからだ。すぐに足をどかし掛け布団をはがすと、そこにはぶるぶる震えている携帯電話があった。
「なあんだ、マナーモードにしてたんじゃ、目覚ましにはなららいわよ」
菜穂が呆れたように言う。
「ご、ごめんね」
今日はひたすら菜穂ちゃんに謝るしかない。
 でもこれでわかった。寝る前に枕元に置いておいた携帯電話が、いつのまにか布団の中に入っていって、菜穂ちゃんが電話した時に、ぶるぶる震える携帯電話に足が当たっていた。ちょうどその時、夢の中で小人を踏みつけていた。なるほど、これであうわ。道理でリアルな夢だったわかけだ。と、言う事は小人を食べさせられた時の、あの水の冷たさは一体・・・?
「あーあっ、よっぽど瑠奈ちゃん寝相悪かったのね」
ベットの上に座り込んで携帯電話の見ながら考え込んでいた瑠奈の耳に、菜穂の声が入ってきた。見るとベット横の窓際に飾ってある花瓶が倒れている。その中の水が流れて枕元付近を濡らしていた。
 これでわかった。夢の中で菜穂ちゃんが私に飲ませた給水タンクの水は花瓶の水・・・と言う事は!
瑠奈の腹部がギュルルと鳴った。
「あっ、痛っ!」
腹部を押さえてうずくまった。
「大丈夫?」
菜穂ちゃんが心配そうに尋ねる。
「あっ、ゴメン。ちょっとトイレ!」
瑠奈は急いで部屋を飛び出た。

***

 人込みであふれる境内を掻き分けて、ようやく辿り着いた賽銭箱に小銭を投げ込んだ。目をつぶりパンパンと両手を叩いてお願いをした。
・・・初夢が正夢になりませんように。次回から残酷な展開になってしまったらそれはそれで喜ぶ人がいるかもしれないけどウルトラヒロイン小説じゃなくなちゃう。それと変な怪獣が来ませんように。去年も助平なエロ怪獣ばっかり。もうちょっとまともなのじゃないと。って本当は地球の平和のために来ない方が良いのよね。でもそれじゃあ私の活躍が無くなっちゃうし。それもこまるなあ・・・。それに私の正体もばれませんように。あと成績が上がりますように。それとこれが一番大事かな。今年のクリスマスこそ去年みたいな、むなしい思いをせずにドラマチックな展開になって、エロ怪獣なんかに馬鹿にされませんように・・・
 クリスマスのお願いはどう考えても神社にお願いする事ではないけど、この際だから沢山お願いしておこう。と、ふと視線を感じ、薄目を開けて隣を見ると菜穂ちゃんが「まだお願いしてんの」と言った顔で見ている。
「あ、ごめん。行こっか」
参拝客の人波をかき分けで、参道を歩き出した。
「ねえ瑠奈ちゃん。長かったけど何をお願いしてたの?」
「えっ・・・それは秘密」
「わかった。『寝相が良くなりますように』でしょ」
「ち、ちがうわよ!あれは悪夢にうなされたからなの」
「ふふっ、冗談よ。でもお腹の方は、大丈夫?」
「うん、良くなったわ。でも一時はどうなるかとおもったわ」
(それにしても夢の中で我慢しておいてよかった)
「ところで菜穂ちゃんは何をお願いしてたの?」
「私?私はねえ・・・瑠奈ちゃんと一緒の事よ・・・」
私と一緒って何かしら?まさかパンドラの箱が開いてしまわないようにとか。怪獣が来ないようにとか、まさか・・・ね。
 ふと見上げると、快晴の透明な青空がどこまでも広がっていた。

12.『PANDORA』
−終−

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