ウルトラガール
11.『ジングルベル・シングルベル』

「強い酸性、数値で言うとpH1.0の胃液が分泌されて食べ物は消化されます。ここの所は期末試験に出すからね」
静まり返った教室内にコツコツと、チョークが黒板に擦れる音が響き渡る。生物の授業中、担当の九川法子先生が黒板に次々と書かれる文字を、生徒達が目で追ってノートに写している。しかしその中で1人だけ別のところを目で追っている生徒がいた。
(あのブレスレッド。一体誰からもらったのかしら?今まで気づかなかったけど、確かに毎日しているし・・・。もしかして九川先生、本当にあのウルトラヒロインなのかしら?もしそうだとしても、そんな事を聞いて本当の事を言う訳ないしなあ)
月里瑠奈はそんな事をあれこれと思いながら先生の手首を目で追っていた。
 その時、瑠奈の背中をチョンチョンと叩かれた。先生に気付かれないように、そおっと振り向いてみると、瑠奈の後の席に座っている北嶋菜穂が小さくたたまれた紙を瑠奈に差し出していた。瑠奈はさっと受け取って何事も無かったように再び前を向いた。
(何かしら?)
紙を開いてみると
『瑠奈ちゃんへ 24日のクリスマスイブに私の家でクリスマスパーティーしない?ちょうど家族みんな出かけて私一人だけだから 菜穂より』
と書かれていた。
(そっか、期末テストが終わったらすぐにクリスマスだわ)
瑠奈はすぐに返事を書き始めた。
『絶対行きます。私が手伝えるものは何かない?』
と、ここで手が止まった。
(私が用意できるもの。って何かなあ・・・ケーキとか・・・こないだ作って失敗しちゃったからなあ。ツリーとかはどうかな?巨大変身して駅前のデパートに飾ってある巨大なイルミネーションの木を抜いてくるのは・・・)
瑠奈があれこれと考え込んでいると、再び背中をチョンチョンと叩かれた。
(今返事を書いてるところ、ちょっと待って)
と瑠奈は机に向いたまま、『まだ書いているところ』と軽く左手で合図した。
それでも背中をチョンチョンと叩いてくる。もうしつこいわね、そんなに待てないなら、ほら。と急いで書き終えた紙を振り向かずに手渡した。
(まったく菜穂ちゃんたら短気なんだから・・・)
書き終えて、ほっとしていると、折りたたんだ紙を広げる音と同時に声が聞こえた。
「へえっ、クリスマスパーティー。いいわねえ」
何で!と思って急いで振り向くと
「あっ!」
いつのまにか九川先生が立って、さっき私が書いた紙切れを持っている。その横で菜穂ちゃんが気まずそうな顔でいる。しまった!さっきから背中を叩いていてのは先生だったんだ。それに気づかなかったとは・・・
「え、あ・・・そ、そうでしょ・・・も、もしよろしかったら先生もいかがですか?」
瑠奈は何とか言って誤魔化そうとした。
「残念ね。もう予定は決まっちゃったのよ」
「え、もう決まっちゃったんですか?」
まだクリスマスまで1ヶ月以上あるのに、決まっちゃったなんて随分気が早いのね。
「そうよ。こないだの社会見学の日。解散した後でね」
そう言われれば九川先生。あのとき急いでタクシー乗って行っちゃったっけ。
「それは残念です」
瑠奈には残念というよりも、この場を何とか切り抜けられた安堵感の方が大きかった。
「そうなの、ごめんなさいね」
九川先生はそう言うと、手首のブレスレットを見つめた。瑠奈の疑問は増すばかりだった。
(何だろう先生の予定って?)

***

「メリークリスマス」
キャンドルの火に照らされたテーブルの上には菜穂が作ったケーキとご馳走が並び、瑠奈が持ってきた小さなツリーが片隅で電飾を輝かしていた。
「本当はもっと大きいのを持ってこようと思ったのだけど」
「いいのよ、家が狭いからこれくらいで、とってもきれいよ」
まさか本物の巨大もみの木を持ってくるつもりっだったとは思っていないだろうけど。
「それにしても何で私達2人だけなの?」
瑠奈が尋ねる。
「それがみんな予定があるんだって」
「予定?」
「冬休みだからどこか旅行へ行くとか。それにイブの夜だもの、彼氏とか」
「そっか、お金もなくてどこへも行けず。恋人もいないのは私たち2人だけか・・・はあ、なんか惨め・・・」
瑠奈が溜息をついていた。
「せっかくのクリスマスなんだから、今夜は2人でパーっとやりましょ」
そう菜穂が言うと背後に隠していた濃紺色の大きなビンを、瑠奈の目の前にドスンと置いた。
「何それ・・・チャンパグネ・・・?」
そのビンのラベルには『CHAMPAGNE』とある。こんな単語、見た事無いわ。
「シャンパンよ。台所にあったのをくすねてきたの。それじゃあ改めてメリークリスマス!」
菜穂が両手でビンをしっかり持って親指に力を入れると、ポン!と乾いた音を出して栓が飛んでいった。
「いいの?」
飛んでいった線を目で追いながら心配になって瑠奈は尋ねた。
「いいのいいの。後で何とか言ってごまかしておくから」
「じゃなくって。私達、まだ未成年よ。お酒を飲んだらいけないんじゃあ・・・」
「何、堅いこと言ってるのよ。今日は特別の日なんだから」
そう言うと菜穂は瑠奈の前にあるグラスに黄金色の泡立つシャンパンを注いだ。しかし瑠奈はグラスを見ながら、どうも気が乗らなかった。以前、巨大変身してビール工場のタンクを飲み干し二日酔いで酷い目にあった嫌な思い出があるからだ。確かあの時は遅刻して・・・ああロクな事無いや。
「それじゃあカンパーイ!」
瑠奈の心配をよそに、菜穂が飲みはじめた。瑠奈は飲む気がせずじっと見ているだけだ。
「ほら、瑠奈ちゃん。折角なんだから一口だけでも飲んでよ」
菜穂にせかされて、瑠奈は仕方なく、そおっとグラスに口をつける。
「!」
おいしい。甘くて、酸味があって、これが大人の味かしら?こないだの作りかけの生ぬるいビールなんかとは比べ物にならないわ!
「どお?」
「うん、とってもおいしい!」
瑠奈は、そのまま一気に飲み干した。
「ふぅぁ・・・・なんか体の中がホカホカしてきて・・・それになんだか気分が良くなってきちゃったわ・・・・」
瑠奈の顔がポオっと赤くなった。
「でしょう。ほら、まだあるから飲んじゃおうよ!」
「わーいありがとう!」

それからシャンパン1本開けてしまった2人はすっかり出来上がってしまった。
「恋人が何よ。こうやって女同士でもクリスマスを楽しめるもんね」
「そうそう、それに恋人だと別れちゃそれまでだけど、女友達の友情は一生物よねえ」
ただ恋人がいないことを愚痴っているだけだが、すっかり意気投合していた。
「そうよ、大体クリスマスなんてキリストの誕生日でしょ。なんでいつの間に恋人同士の日になったのかしらのかしら?」
「そうよねえ、大体私達キリスト教徒でもないのに・・・」
こんな愚痴ともいえる会話がいつまでも続くと思われたその時、メロディーが流れた。
はっ!と、酔いが醒めた瑠奈は我に帰って傍らに置いてあった鞄の中からの携帯電話を取り出し、ディスプレーの文字を見つめた。その表情が真面目に変わっていくのが向かいに座っている菜穂からもわかった。ただ2人の間で無言の時間がしばらく続き、そして瑠奈の一声で静寂が破られた。
「ごめん。私、これから用事ができて行かなくちゃならないの」
「えっ!?」
その言葉に菜穂は表情が驚きで固まってしまい、しばらく返す言葉が思いつかない。
「どうして?これからだというのに」
「どうして・・・っていわれても・・・とにかくゴメン。すぐ帰ってくるから」
そう言って瑠奈が立ち上がろうとした時。
「ちょっと待って。もしかして瑠奈ちゃん、彼氏からなの?」
「えっ!?」
今度は瑠奈が返す言葉がなく動きがとまった。
「わ、私彼氏なんかいないわよ」
「嘘ばっかり。だってほら」
菜穂が傍らにおいてあった携帯電話を右手で持ち上げて親指で素早く操作し出すと、瑠奈の手中の携帯にメロディーが鳴り出した。しかしそのメロディーは先程のと全く異なる『ジングルベル』だった。
「12月になってずっと着メロが『ジングルベル』なのに、彼氏からのメールには別の曲が鳴るように設定してあるんでしょ。それも『FLY ME TO THE MOON』なんて結構ロマンチックじゃない。瑠奈ちゃん美人でかわいいから今まで彼氏がいないのはおかしいと思っていた。でもそんな事はいいの。ただ親友の私には本当の事を言ってほしかったわ」
「違うの。彼氏なんていないって」
「いいのよ親友。私に構わずに愛する人のところに行くのよ」
菜穂ちゃんがテーブルに片膝ついて、うつむきながら『バイバイ』と手を振っている。まるで酔っ払いみたい。そうかシャンパン1本空けちゃったんだっけ。あっ!こうしている場合じゃない!時間がないんだったわ!
コートを羽織った瑠奈は、玄関で靴を履きおえると
「それじゃあ、すぐ帰ってくるから」
と言葉を残して出ていった。

 瑠奈の声の後に、玄関のドアの閉まる音をうつむいたまま聞いていると、目の前のキャンドルがすうっと消えた。ドアを閉める時の空気の流れで消えたと解っていても、ますますむなしくなってきた。ツリーの電飾のみが相変わらずきらびやかに輝いている。それがまた一層むなしさを倍増させた。
「ふう・・・結局シングルベルになちゃった・・・」
溜息をつきながら、振っていた右腕を下げて両手で頬杖をついた。
『プチン』
部屋の隅のほうで音が鳴り、薄暗い部屋が少しばかり明るくなった。音のする方を見るとテレビの黒い画面の右上に『8』と数字が表示されている。なかなか画像は映らないが音声だけが聞こえてバラエティー番組をやっているのか、大騒ぎしている声が聴こえてくる。
右膝の下を見るとテレビのリモコンが下敷きになっていた。膝先でスイッチを押してしまったようだ。だが、もう何もする気がしない。そのままじっと画面が明るくなるのを待っていた。
「!」
画像がはっきり映ると菜穂の酔いは一気に醒めた。これはバラエティー番組ではない。キャーキャー言いながら人が走りまわっている画像から切り替わって、今度は慌しく人が動き回る報道センターを背にアナウンサーが原稿を読んでいる。
『繰り返してお伝えします。先程、東京湾品川沖に怪獣が出現しました。詳しい情報は判らないものの、台場方向に向かっています。今画面に映っているのはの現在のお台場の映像です』
また人が走りまわっている画像に切り替わった。これは走り回ってるのではなく逃げまわっているのだ。
『なお、台場地区には避難命令が出ました。当局も台場地区にあるためスタッフは全員避難する事になりますが、引き続き地上100メートルにあります展望台の無人カメラで中継を続けます。』
ブラウン管から出る青白い光で明るくなった部屋で菜穂は身動きせず画面をじっと見ていた。その時アナウンサーが叫んだ。
『あっ、上空から何か巨大なものがこちらに向かって飛んできます!』
ブラウン管の光に青白く照らされた菜穂の眼は、まばたきもせずズームで映し出された、暗黒の空を飛ぶ一点の輝く光を見つめた。

***

「わあ、きれいっ!」
ドスンとお台場海浜公園に着地すると、目の前には煌びやかなビルの夜景が、そして足元を見ると木々のイルミネーションが輝いて、まるで宝石箱のようだ。その美しさに思わず溜息をついていると
「ゲルルルル!巨大女子高生。久しぶりだな、ゲルルルル」
この美しい光景とは全く合わない、きたない声が聞こえてきた。あっ!この声、どこかで聞いた事ある!そう思って声のする方を振り向いた。暗い沖合いに海面が丸く膨らみ、透明なゲル状の巨大な海坊主みたいなのがレインボーブリッジを背にしていた。
「あなたはあのときのゲロリン星人!」
思い出した!9月に東京湾で戦って、上手い話術に乗せられてウルトラヒロインである私にビルを壊させたりする、とんでもない怪獣だわ。逃げられたらと思ったら、まだこんな所にいたのね。
「ゲルル、ゲロリン星人ではないゲルリン星人だ!何度も言わすな。それにしてもウルトラガール、イブの夜だと言うのにあいも変わらず恋人もおらんのか!今回こそ彼氏の制止を振り切って変身するというドラマチックなシーンが見られるかと思って、こうしてデートスポットに来てやったのに、友達の家の方から飛んできたではないか。くうっ!情けない・・・ 」
「うっ、うるさいわねぇ!いいじゃないのよ。そんな事、人の勝手でしょ!第一、恋人って言うけれど女子高だと出会いがないんだから仕方がないのよ!」
「ゲルル、そうとも言えないぞ。おまえの足元をよく見てみろ」
足元?足元がどうしたのよと、ゲルリン星人に言われた通りに見てみると、避難命令が出ているにもかかわらず、瑠奈の立っているお台場海浜公園前に建つ『アクアシティーお台場』のバルコニーに、大勢のカップル達がお互い抱き合いながら瑠奈とゲルリン星人とのやり取りを見ている。
「あっ!」
思わず声をあげてしまった。その中にゲルリン星人も知っている顔があったからだ。
「し、四条さん!」
クラスメイトの四条靖子が男性と抱き合いながらこちらを見ていた。瑠奈は思わずしゃがみ込んでバルコニーの前に顔を寄せた。カップル達は巨大な顔が上空から迫ってきたが「きゃー」と悲鳴を上げながらも何か珍しいものを見る目つきで動こうとはしない。瑠奈はそんな事は構わず。瑠奈は顔をクラスメイトの前に寄せて尋ねた。
「ちょっと四条さん!なにしてんの?」
さすがにクラスメイトの月里瑠奈の巨大な顔が、目の前で自分の名前を言いながら尋ねてきたので、不思議と恐怖でなかなか上手く声が出ない。ようやく声を絞り出して答えた。
「・・・デ、デートです・・・」
「そんなのわかってるわよ!何で早く逃げないの?また巨大化されて私をてこずらせたいの?」
「・・・はぁ・・・巨大化・・・?」
四条靖子にとって巨大化した事は夢の中の出来事とされているので、瑠奈の言っている事がまるで理解できない。
「とにかく早く避難して!ほら周りの人も踏み潰されたくなければ逃げて!」
瑠奈は少し顔を上げてまわりの人達に逃げるよう促した。するとさっきまで動こうとしなかったのに「踏み潰されたくなければ」と言う言葉が効いたのか、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。しかしその中でポカーンと立ったまま動こうとしない四条靖子とその彼氏の前に再び瑠奈は顔を合わせてこう言った。
「四条さん。彼氏、ちょっとだらしないんじゃ・・・」
「・・・え?なんで・・・」
まだ、不思議と恐怖が混ざり合った顔で瑠奈の顔を見ながら答えた。
「彼の足元を見てよ」
「えっ?」
四条靖子がゆっくりと目線を下ろすと、彼の足元に大きな水溜りができていた。
(はぁ・・・もらしちゃうなんて、だらしないわね。そんなに私が怖いのかしら?)
恐怖でヨタヨタと歩く彼氏を支えながら、四条靖子が逃げ終えるのを確認して、瑠奈は再び立ちあがった。
「さあ見物人はいなくなったわ。覚悟しなさいゲルリン星人。神聖なるクリスマスに出てくるなんて今日こそはやっつけてやるわ!」
そう言い終えると右手を高く上げて、目を瞑って祈った。
「水中で戦える服をお願い・・・・」
指輪の宝石から光があふれ瑠奈を包んだ。

「ふあ、はあ・・・くしょん!」
全身に寒気を感じて目を開けて見ると水着姿になっていた。
「さ、さむ〜い!た、確かに水中で戦える服装だけど12月にこの格好じゃ寒くて仕方がないわ。寒中水泳大会じゃないのよ!」
でも瑠奈自身、他に良い服装が思いつかない。
「元に戻ってコート姿で戦えるわけないし。仕方がないか」
準備体操として腕や脚の屈伸運動をし、しゃがんで海水をすくって体にかけ、再び立ちあがった。水で濡れた水着は瑠奈の身体にに密着してラインが浮き出て、そこに街の光が反射して輝いていた。いつも体育の授業で使っている水着と違って、四条さんが水泳部で着ている競泳水着だ。身体にぴっちりと張りついて速く泳げそうだ。なんだか気分までも強くなった気がする。
「さあ!いくわよ」
気合を入れ海へ駆け出した。ホップ・ステップ・ジャンプで跳び上がりゲルリン星人に一撃を入れた。が、トランポリンのように跳ね返され、そのまま『アクアシティーお台場』に全身を突っ込んでしまった。瑠奈の巨大な身体の下敷きになった建物は大音響を立てて崩れていった。
「いててて・・・、そうだった。どんなに力をかけてもゲルリン星人には効かないで、跳ね返されるんだったわ。それにしても・・・なんかきもちいいっ・・・」
ぴったりと身体にフィットした競泳水着の薄い布地越しに建物が崩れ落ちる感覚は、なんとも言えないくらいに瑠奈の全身に刺激を与えた。さっきまで寒かったのに体中が熱くなり、思わず上半身をあげて大股を開いてぺたんと座り、あそこを瓦礫にグリグリと押し付けてしまう。
「はあっ」
思わず喘ぎ声が出てしまう。揺れる上半身からは、濡れた水着に引っ付いていた瓦礫や、崩れた建物の中にあった椅子やテーブル、カラフルな売り物の衣料品がバサバサと落ちていった。
「はあああ・・・・・・あっ。ちょ、ちょっと!」
快楽に落ちかけたその時、瑠奈の目に映ったのは眼下の道路にさきほどの大勢のカップル達がこちらをポカーンと見ていた姿だった。
「ちょっと、こんな非常事態にいつまで呑気に抱き合って見ているわけ?真面目に逃げないと、こんどは本当にぺしゃんこになっちゃうわよ!ほら、とっとと避難場所に行ってよ!」
真面目にしていないのはお互い様だが、カップル達は目の前の瓦礫の山を見せられて「ぺしゃんこ」といわれれば、しぶしぶと動き出すしかなかった。
「まったく、私は見世物じゃないわ・・・。見世物・・・あっ、そうだ!!」
瑠奈は目の前の建物を見て気づいた。

***

『姿はいつものように妨害がはたらいてぼやけて映っていますが、ウルトラガールと思われる巨大少女が何やら怪獣と言い争っているようです。屋上カメラは普段お天気カメラとして使われるためマイクはついていないのが残念です。ところで何をを言っていると思いますか?』
『そうですねぇ、私にもわかりませんが非常にうけけな事を言い争っているのは確かです』
『うけけ・・・ですか・・・』
どう答えて言いか困惑しているアナウンサーの音声を聞きながら、菜穂はそのままの姿勢でテレビを見入っていた。画面左下には『電話の声・・・巨大娘評論家 地保井氏』とテロップが入っていた。
「巨大娘評論家ってなんなのよ?普段、何しているの!」
思わず突っ込みたくはなったが、まあ軍事評論家みたいなものだろうと菜穂は思った。と、その時。アナウンサーが絶叫を上げた。
『おっとウルトラガールが立ちあった、そして右手を高く上げ、おーっ!』
その叫びは、まるでプロレス中継のようだ。画面の方は輝く光で一瞬白く何も映らなくなり、光が収まったときにはすらりと競泳水着姿に変身していた。
「うわっ、すごーい!」
菜穂は思わず拍手してしまった。
『水着姿に変身して何をしようとするのか。・・・それにしてもいいですね地保井さん、ウルトラヒロインの水着姿と言うのも、なにかこう・・・』
『まさにうけけです。うけけけ!』
アナウンサーも見とれてしまったようだ。
『おっ!ウルトラガールが怪獣に向かって海に駆け出した!怪獣にキーック!が、跳ね返されたっ!あっこっちに飛んで来るっ!おおっ落ちた、アクアシティーお台場の建物の上に巨大なウルトラガールが身体ごと崩れ落ちた。建物は完全にぺしゃんこ、瓦礫と化しました。すさまじい破壊です!こちら2キロほど離れた避難場所でも建物の崩れ落ちる大音響が響いてまいりました』
『うけけけ!数千トンは体重があるから建物なんて簡単に崩れちゃいますよ。うけけけけ!』
『おっと上半身を上げて、瓦礫の上に座り込んで何やら小刻みに身体が動いています。寒いのか?それとも倒れたときの傷が痛むのか?』
『きっと気持ち良いんだと思います。うけけっ』
『気持ち良い?・・・おっと立ちあがったそして数歩、前に歩き、お天気カメラの下にやってきた。おっ、顔がドアップに映っていますが、ぼやけた画面越しでもなかなか美人に思われます。おっと右手を握り締め、おもいっきいりこちらに向かって振りかざしてパーンチ!』
ここで画面は『しばらくおまちください』の文字だけになり音声が途切れた。
「こうしちゃいられないわ!」
菜穂は立ちあがった。

***

 瑠奈のきつく結んだ右手は、テレビ局の25階にある巨大な球体部分に命中した。バランスを失った球はゴロンと落ちてゆき、7階の屋上広場にドスンと半分めり込んで落ちた。
「いつまで撮ってんのよ!私は見世物じゃないわ!」
さらに両手で空中通路部分を真中部分で折るように崩していき、ハイキックで残りのビル部分を壊し始めた。ブロックを崩すようにいとも簡単に崩れていき、威容を誇っていたビルは瓦礫の山と化した。
「ふぅ、これで放送設備は全滅。中継車を使っても放送を続けるのはもう無理ね」
瓦礫を前にして瑠奈は満足だっだ。と、そのとき背後から声がした。
「ゲルルルル!さすがはウルトラガール。破壊っぷりも見事だ。今回は何も言わんでもビルを壊してくれるわい、ゲルルルル!」
あ、しまった!またやっちゃった。ウルトラヒロインがビルを壊すなんてもってのほかだわ・・・。でもいけないのは私じゃないのよ。
「ちょっと気に食わないから、お仕置きしただけよ。誰だって盗み撮りなんかされたら頭に来るでしょ!」
「ゲルルルル!身長80mの巨大な身体で盗み撮りもないだろ。どこからでも撮り放題じゃないかゲルルルル!」
「そりゃ確かにそうだけど・・・それに今日は周りの人達が真面目じゃないのよ!こんな非常事態だと言うのに避難もしないでカップルで抱き合いながら巨大変身した私を見ているのよ。もう!私は巨大クリスマスツリーでも花火でのないのよ!全く酷いと思わない・・・ブツブツ・・・」
今日の瑠奈は不満たっぷりで、怪獣と真面目に戦うどころではない。
「ゲルルルル!抱き合うぐらい良いじゃないかクリスマスなんだから。それよりも目の前の2つの建物を見てみろ」
「建物っ?」
左側の方を見ると2つの建物、顔を近づいてみてみると海側の16階建て『ホテル日航東京』。その向かい側が30階建て『ホテルグランパシフィックメリディアン』となっていた。
「ゲルルルル!窓の中をよく見てみろ」
言われたとおり、とりあえず右側に建つ『ホテル日航東京』に窓の中を覗いてみると薄暗い室内で何かが動いてる。誰かいるの?ちょっと避難命令が出ているはずよ。早く逃げてよ。でもこうやって巨大な私が覗いても気づかないんじゃどうしようもないわ。教えてあげないと。
瑠奈は人差し指の指先をその客室の窓に軽く押し当てると、ガラスは簡単に割れた。
「キャァーーーーーーッ!!」
瑠奈の大きな悲鳴が響いた。巨大変身して怖いものなし。となっても、なお悲鳴を出さなくてはならない事が目の前に起きていたのだ。
「へっ、へっ、変態っ!」
窓ガラスが割れたとき、客室内の人と目が合った。瑠奈が見たものはベットの上で絡み合う全裸の男女だった。うぶな16歳の女子高生にこの光景はあまりにも刺激がありすぎた。
もちろん客室の2人は悲鳴を上げながら毛布を羽織って、ドアを開けて廊下の方へ逃げていった。
「はあ・・・びっくりした・・・こんな非常事態にHなことしていてないで、もっとまじめにやってよ!早く逃げないと踏み潰されちゃうわよ!」
立ちあがって「早く逃げて」と大声で怒鳴りながら胸の高さぐらいのホテルの屋上に両手をかけて揺らしてやると、さすがに気づいたのか多くの男女が建物からキャーキャーいいながら走って出てきた。
「はじめっからそうやって、ちゃんと逃げればいいのよ!」
瑠奈は満足に、さらに建物を揺らしつづけた。
「もう逃げ終えたか・・・きゃああ!」
建物を揺らしつづけた手に、ふっと感覚がなくなった。手を当てていた部分が揺れに耐え切れずに崩れてしまったのだ。勢いあまって瑠奈の身体が前のめりに倒れていき、競泳水着でピンと張られた胸の膨らみが最上階を崩したのを始まりに、上階から順番に瑠奈の全身が海岸に沿ってL字型をした建物の中央部分を大音響を立てて崩していった。支えの無くなった巨大な瑠奈の身体は、ザブーン!と巨大な水柱が立てて、建物ごと目の前の海に飛びこんでしまったのど。
「さ、寒いっ!」
脛ほどしかない浅い水深だが、前のめりで飛びこんでうつ伏せに海に倒れたので全身ずぶ濡れだ。急いで両手で上半身を上げて水面から出したものの濡れた身体に寒気が容赦なく当たる。
「ゲルルルル!さすがはウルトラガール。見事な破壊っぷりだ。以前と違って成長したな。こっちがやってほしい事を言わないでも実行してくれるんだなゲルルルル」
「う、うるさい!もう、あんたが口車に乗せただけじゃないのよ。覚悟しなさい。今日こそあんたを倒すんだから!」
「ゲルルルル。やってみるならやってみろ、人質がどうなっても、知らんがな」
「人質?ちょ、ちょっとまた四条さんを!」
「違う今度は男だ。お前のおかげで建物と一緒に海に落ちたみたいだ。何なら大きくしてみせてやろうか?」
「ちょ、ちょっと!ダメよ。男を巨大化させるのなんて、この小説の意義に反すると思うわ」
「それもそうだな。でもとにかく前のようにワシの言うとおり動いてくれ」
「えっ、また私に建物を壊せっていうんでしょ、そんなのイヤよ」
「いや、壊せとは一言もいわん。いいから早く陸へ上がれ」
仕方がない、下手に攻撃できない。人の命は地球よりも重いんだわ。振り帰り際に人質を見るとゲルリン星人の透明な体内の中で背広姿の男性がぐったりとしていた。

 海から上がった瑠奈の身体にぴっちりと貼りついた水着から滴り落ちる大量の海水が、足もとの瓦礫と化した先程までのホテル日航を濡らしていった。
「私に何をしろというの?」
振り向いて海にいるゲルリン星人に尋ねた。
「いいかららそのままゆっくりと前に歩け」
「え?なんで・・・」
瓦礫の山を跨いでゆっくりと歩を進めた。
「ところでおまえはワシを倒したいか?」
再び振り向いて、海にいるゲルリン星人に自信ありげに答えた。
「当然よ。私はウルトラヒロインですから」
「するとまた平和が戻るだろ」
「そうよ。平和なイブの夜が戻るわ」
「するとさっきホテルから避難した人達はどうする?」
「それは・・・こっちのホテルはさっき私が壊しちゃったので、このホテル。えーっとグランパシフィックメリディアンに泊まってもらうしかなうわね」
再び視線を前に戻すと私より背の高い偉容を誇る30階建ての建物を見た。これだけ大きければあの人達も泊まれるわ。
「でも、さっきおまえがホテルの客室を覗いたときに、客は何をしてた?」
「えっ・・・」
ここで瑠奈の顔が恥ずかしそうに赤くなった。散々、色々な事をしていてもまだうぶな16歳だ。なかなか口には出せない。思わず両手で顔を隠して黙りこんでしまった。
「それは・・・」
答えに詰まっているその時だ。
「!?」
ここで足首になにかがぐいっと引っかかった。まるで転倒させるための罠のように。急いで足元を見ると『ゆりかもめ』の高架橋と台場駅が足首に引っかかっていた。私の足につられて高架橋がずれて路上に落下していく。
「きゃああっ!」
前のめりに倒れ掛かったまま今度は正面を見ると大きな壁のように立ちはだかる30階建ての高層ホテル。グランパシフィックメリディアンが目の前にぐんぐんと迫ってくる。
「だめ!ぶつかる!!」
両手を前に出し、まるで水泳選手がプールに飛込むように巨大な身体が宙を飛んでいった。
 ガシャン!
大音響がして堅くつぶっていた目を開けてみると、目の前にはホテルの窓と壁が見えた。顔が当たっためにガラスは割れ、壁面は凹んだり剥がれたりしている。
「ふう、ビルは壊さなかったみたいね・・・」
しかし大事な事を忘れてた。
「わあっ・・・やっちゃった・・・」
両腕はすでにビルに大穴を開けて完全に向こう側に貫通していた。
「ゲルルルル!そんなにもビルと抱き合いたいか?ゲルルルル!」
「だ、騙したわね!」
とにかくここから脱しないといけないと思って、腕を引っ張ってみるがなかなか外れない。
「ゲルルルル!ところで聖なるクリスマスイブの夜に客室で何をやっていた?」
「うるさい!まださっきの続きを言ってるの。こっちはそれどこじゃないわよ!」
腕を抜こうと、ビルを前後に揺するうちに異変に気づいた。ビルに当たった衝撃でどうやら向こう側に倒れそうなのだ。そっと下の方を見てみると5階辺りがぐちゃぐちゃに壊れている。
「あ、だめ!倒れる!」
向こう側に倒れそうなビルを、貫通している両腕でしっかりと支えた。中腰になりながら両足で踏ん張って何とか支えるものの、それでもビルはズルズルと向こう側へとずれていく。
「ゲルルルル!ところで聖なるクリスマスイブの夜にそんな事するなんて許せないと思わないか?」
「うるさい!こっちはそれどこじゃ・・・はあっ!」
ズルズルと倒れかかるビルに瑠奈の身体は引っ張られていき、残った下層階部分が水を吸い込んでピッチリと水着が張りついた下半身の気持ちいところに当たった。
「はああっ!」
気持ち良くって乳首はすっかり敏感になり、その部分が生地越しにビルの壁面が当っちゃって、さらに感じちゃう。
「ゲルルルル!ところでお前は客室で何を見た?」
そう私が見たもの・・・たしかベットの上の裸2人・・・女の人が上半身を起こした男の人の上に跨ってお互い抱き合ってたわ・・・そう今、私がしているのと同じ様に・・・そして女の人は腰を上下に動かしていた・・・こんな感じに・・・
頭の中で思い出される光景から、思わず瑠奈も真似して腰を動かしてしまった。
「はあ・・・きもちい・・・」
水着の布越しにビルの下層階部が気持ちいいところに当たる。
「はああ・・・」
巨大な瑠奈の上下運動で下層階部は数千トンの体重に耐え切れず崩れていった。さらに水着から染み出してくる、さっきまで流れ出ていた海水とはまた違う、白い粘液に瓦礫は覆われていった。
「ふはあああああ・・・」
興奮が最高に達したとき、抱きしめていたビルを思わず、ぎゅっと力を入れてしまい、ビルはあっけくバラバラに崩れ落ちていった。そして下敷きとなった方も、粘液でべとべとになって瓦礫と化していた。
「はぁはぁはぁ・・・」
瓦礫の上で座り込んで肩で息する瑠奈に、なおもゲルリン星人は質問を続ける。
「ゲルルルル!ところで聖なるクリスマスイブの夜にそんな事するなんて許せないと思わないか?」
瑠奈が破壊し終えたにもかかわらず、まだゲルリン星人はそんな事を言いつづけている。しかしその言葉で瑠奈は思った。
(そうよ、聖夜にそんな事するなんて許せないわ。公序良俗を守るのもウルトラヒロインの役目だもの。みんなクリスマスをダシにして、こんな気持ちいいこと。じゃなくって卑猥な事をしているんだわ。そんなのウルトラヒロインである私が許さない)
瑠奈はすっくっと立ちあがり瓦礫をかき分けてそのまま前へ歩き出した。前方には直径100メートルのカラフルにネオンが光る巨大な観覧車が見えた。

***

避難所に指定された副都心公園センタープロムナードは大混乱に陥った。街灯に反射して身体のラインがはっきりと浮き立つ競泳水着を着た巨大少女が、グランパシフィックメリディアンを粉々に破壊してこっちにやってくるのだから。しかし巨大少女は騒がしい群集の上をひょいと飛び越えて目的の場所に立ちすくんだ。
 一方、パレットタウンに建つ高さ115mの大観覧車は避難命令が出て以来、モーターの故障で止まったままだった。まあ、乗っていたのはゴンドラに2人ずつのカップルだけなので愛を語らうのにはちょうど良かったのだが・・・。
しかし、ふと外を見ると巨大な目がこちらを覗いているのに気づきゴンドラは悲鳴に包まれた。

***

「あら、何してるの?お互い抱き合って、ちょ、ちょっとそんなこと・・・聖なるクリスマスイブの夜に卑猥な事するなんてこのウルトラガールが許さないわよ!え、なに・・・故障で降りられない・・・それじゃ私が廻してあげるわ。ほらっ!」
観覧車を両手で思いっきり廻してやった。するとメリーゴーランドのようにグルグルと高速で廻り出した。
「ふふふふっ、聖夜の公序良俗はこのウルトラガールが守るわ」
瑠奈が壊れた。恐るべしゲルリン星人の罠にはまった(と言うか瑠奈が単純で免疫が無かっただけだが)、もうこの巨大少女を止められるものは地球上誰もいない。イブの夜、愛を語らうアベック達は恐怖に陥れられた。
「ふふふっ、もっと廻れもっと廻れ!」
観覧車に手をかけ、さらに廻している。と、その時に背中をチョンチョンと叩かれた。
「ちょっと、いま忙しいの、卑猥な人達を懲らしめてるんだから後にして」
瑠奈は振り返りもせず答えたが、それでもまだしつこく背中をチョンチョンと叩いてくる。
「もう、しつこい・・・!?」
ここで瑠奈の言葉が止まった。
(まてよ、この私の背中を叩ける人って一体・・・ゲルリン星人はと、見ると観覧車の向う側。南側の海にいつのまにか移動してこっちを見てるし・・・第一、奴は陸に上がれないんだわ。それにこの叩き方、確か前にもあったような・・・も、もしかして・・・)
ゆっくりと振り向いた。
「せ・・・先生・・・!!」
目の前には瑠奈と同じ巨大化した九川先生が立っていた。
 な、なんで先生が巨大化してるの?思わず足元から順に見てみるが足がちゃんと地に付いて巨大化している・・・あっ、そうよ、そうだわ。九川先生、やっぱりあのウルトラヒロインだったんだ。私の予想が当たったのよ・・・あれ、変身すると銀色の巨人になるはずよ?再び足元から順に見てみるが、何度見ても先生そのままだ。あれ?銀色どころか顔が赤い、うわっ酒くさい・・・そうだ!確か風邪薬でも身体が入れ替わっちゃうんだから酔っ払って変身したらきっとこうなちゃうのよ。
「月里さぁん、なあにしぃてんのぉ?」
先生がうつろな目で瑠奈に聞いてきた。なんか呂律が廻ってないわ。
「あっ・・・いえ何も・・・」
ここで瑠奈は目が覚めた。ビルを壊しまくり、さらに観覧車に手をかけてグルグル廻している私ってウルトラヒロイン失格だわ。こんな事が知られたら・・・
「先生。それよりも怪獣を!」
瑠奈が指差しながら、何とか言葉を繕ってごまかしてみるが、先生の視線は怪獣どころか、回転しながら派手に輝くイルミネーションの観覧車にどうしても目がいってしまう。
「わっキレイなネオンサイン!新しい店でもできなのかしぃらぁ?ねえっ月里さぁん、一緒に飲みに行きましょうよっ!」
だめだ。完全に酔っ払っている。変身して巨大化している事もわかっていないわ。大体、教え子を飲みに誘う高校教師がいるかしら。
「もおっ、先生。酔いから覚めてくださいよ。クリスマスイブの平和を守るのは私達ウルトラヒロインの役目なんですから」
と、瑠奈はさっきまで自分のしていた事を棚に上げて先生を嗾けてみるが、先生の方は聞く耳もたずで「わあ、おもしろりい!めてめて、こんなに良く廻るぅ!」なんていいながら観覧車に手をかけて、瑠奈が先程したように廻している。
 海の方を見るとゲルリン星人がこっちの様子を見ながら笑っている。そりゃ巨大ヒロインが2人もいて、怪獣一匹倒せないんじゃ笑っちゃうわよね。仕方が無い、先生は放って置いて私が倒しに行くわ。第一、先生はこの綺麗な服では海の中では戦えないもの。
 瑠奈は先程とは違って競泳水着姿も凛々しく、ゲルリン星人の方を向いた。
「覚悟をしなさいゲルリン星人!今日こそ倒すわ!」
と言ったものの、どうやって倒せばいいのか判らない、パンチやキックはブヨブヨしたゲルリン星人には効かないし、派手に蹴りを入れれば跳ね返されてまたビルを壊しちゃうだろうし・・・
 そう悩んでいるときに、横から弱々しい声が聞こえてきた。
「なんか・・・気持ちぃ悪くなってきちゃった・・・」
見ると先生の顔色が青くなって、今にも倒れそうだ。廻る観覧車を見続けて目を廻したようだ。
「先生!ダメッ倒れちゃ!」
瑠奈の声もむなしく先生の身体はそのまま前屈みに倒れていき観覧車に寄りかかった。その圧力で光り輝いていたネオンはバチバチと火花を飛ばして割れていき、観覧車の支柱は重さに耐え切れずにグニァリと曲がった。瑠奈はとっさに先生と観覧車を支えたが支えきれない。そのままゆっくりと倒れる速度を緩めるしかなかった。ドスンと観覧車は横転したものの、ゆっくりだったためにゴンドラには被害が無いようだ。もっとも回転のおかげで乗っていた人は目を廻しているけど。
「先生、先生っ」
観覧車の上に覆い被さった先生を、瑠奈はゆっくりと下敷きとなった観覧車を壊さないように起こした。顔色は蒼い。
「ああっ・・・もうだめっ・・・」
弱々しい声でそう言ったかと思うと、すくっと立ちあがり一目散に海の方へと駆け出した。
「先生、どこへ行くの?」
瑠奈の問い掛けにも答えず、ハイヒールを履いたまま海にザバザバと海に入って行く。瑠奈も後を追った。
「先生・・・大丈夫?」
膝ぐらいまでしかない暗い夜の東京湾で、先生は片手で体を支えながら吐いていた。まるで電柱に片手を当てて酔っ払いがするように。
「はあ・・・大丈夫ぅ・・・」
と、その答えたとき、暗い海に断末魔が響いた。
「ゲルルルル!と、溶ける!体が溶ける!!」
見ると先生が電柱代わりに手を当てていたのはゲルリン星人だった。ゲルリン星人に汚物が掛かり、そこから透明な体が溶け煙が出ている。
「ワシが酸に弱いことをよくも見破ったな!!」
その言葉を最後にゲルリン星人はしゃべらなくなり、みるみるとジュウと音を出しながら体が溶けて小さくなっていった。
 勝った!あれほど何をしても倒せなかったゲルリン星人に勝った。すごい!先生はそれを一度で倒してしまった!今まで酔っ払っていたのも作戦だったんだわ!まるで酔拳、いやそれ以上の技だわ。
溶けていくゲルリン星人を見ながら瑠奈はすっかり感心した。と、ここで重大な事に気付いた。溶けていくゲル状のなかにひとつの点を見つけ、急いで駈寄ってそれをすくい出した。
「先生。人質は無事救出しました」
瑠奈は左手でぐったりと倒れている男性を差し出し右手で敬礼をした。が、まだ酔いが覚めてないのか先生はボーっとしていて、言われたままに瑠奈の掌から男性を摘み上げ、ゆっくりと目の高さまで上げた。が、しかしそれを見た瞬間、目を大きく見開入たまま表情が固まった。
「先生?また気分でも・・・」
そう瑠奈が尋ねたときだった。
「きゃーーーーーー!!!」
悲鳴を上げて気絶してしまった。倒れこんだ先生の体を瑠奈は急いで支えた。
「どうしたの?こびとを見たぐらいで気絶するなんてウルトラヒロインらしくないわ。全く世話がやけるなあ」
さっきまでの尊敬のまなざしは消え、先生を背負いながら岸へと向かい、手の中の男性をそっと避難場所となっている公園の芝生の上に寝かせた。
「さて、私も元に戻らなきゃ」
先生を背負いながら瑠奈は飛び立った。

***

「先生。起きてください。九川先生っ」
聞いたことのある声で揺り動かされ、九川法子は目を覚ました。ゆっくりと開けた目に映ったのは、教え子の月里瑠奈が心配そうな顔で覗き込んでいる姿だった。
「あれ、ここは・・・」
なにか長い間、気を失っていたような感じだ。ゆっくりと上半身を起こすと芝生の上で寝かされているのがわかった。しかし辺りは暗くて、ここはどこだかはよくわからない。
「お台場の公園です。先生、すごかったです。怪獣を一発で倒しちゃうなんてさすがです」
「か・・・怪獣・・・?」
いかにも意味を理解していない、と言う顔を瑠奈の方に向けた。
「そうですよ。先生、酔っ払っていたから覚えてないかもしれないですけど。もちろん先生がウルトラヒロインだって秘密。誰にも喋りませんから」
「ウルトラヒロイン?」
何の事だか全くわからない。といった驚きの声を上げた。
「先生、そんな大きな声だしちゃ周りに聞こえちゃいます」
瑠奈は先生の耳元で小さく声を出した。しかし
「ちょっと待って。私はただの高校教師よ」
「だって先生、このブレスレットで変身して」
「ブレスレット?」
「そう、これって銀色の巨人からもらったんじゃ・・・」
「銀色の巨人?・・・ち、違うわよこれは・・・」
違う?いやそんな事は無い。そう思って瑠奈は先生の両手首を手に取りブレスレットにはめ込まれたれたクリスタルを接触させた。するとブレスレットから眩い光・・・は出なかった。何度やってみても何も起こらない。
「ちょっと月里さん。なにやってんの?」
この声に我に帰った瑠奈は面子悪そうに、ぼそっと答えた。
「ごめんなさい・・・」
「このブレスレットは・・・そうだタカユキさんは何処?」
「タカユキさん?」
誰なのそれは?って聞くまもなく先生は立ちあがってきょろきょろ見まわし、その人を見つけたのか、その方角へ走り出した。
「先生、待って!」
瑠奈も後をつけていくと、先生は芝生の上に寝かされている男性を揺り起こしている。その人には瑠奈にも見覚えがあった。なぜなら、ここに寝かせたのは私だから。
「タカユキさん。タカユキさん。しっかりして」
それでも何も反応が無い。後で見ていた瑠奈は、以前の事を思いだして先生の耳元で言った。
「先生、人工呼吸を」
その言葉と同時に先生の唇と男性の唇が合わさった。救命のためとはいえ、男女が唇を合わせるのを現実にそばで見るのは初めてでドキドキした。そしてしばらくすると男性はゆっくりと目を開けた。
「法子・・・」
その声を聞いて安心したのか先生の瞳からは一筋の涙が流れた。その涙を手でふきながら後ろに立つ瑠奈に振り返って微笑みながらこう答えた。
「そう、ブレスレットをプレゼントしてくれたのは彼よ。紹介するわ、恋人の藍原隆行さん。こちらは私のクラスの月里瑠奈さん」
2人は軽く会釈をした。が、瑠奈の頭の中では別の考え事でいっぱいだった。
(えっ、先生はウルトラヒロインじゃない・・・でも先生は海洋生物の学者になりたかた。海と海の生物が大好きで、趣味はスキューバダイビング。行動的な性格だし・・・)
「さあ帰りましょ」
「そうだな」
瑠奈の疑問をよそに2人は腰を上げ始めた。が、辺りをきょろきょろ見渡して叫んだ。
「無い!ホテルが無い!ホテルが消えてる!!」
「ホテル?ホテルがどうしたの?」
瑠奈は何の事かわからず聞き返した。
「そう、私達が泊まっていたホテル日航東京が消えてるの、それどころかグランパシフィックやフジテレビも無い!」
え、あっ・・・そ、それは私が壊しちゃったの。とは言えないから
「きっと怪獣が壊しちゃったんだと思いますぅ・・・」
と、歯切れの悪い答えをした。そして
「でも先生?先生の家、東京じゃなかったんだっけ。別にホテルに泊まる必要なんか・・・」
「なに言ってんの。クリスマスイブよ、こないだの社会見学の日。解散した後の彼とのデートの時に予約してプレゼントしてくれたのよ。ああ・・・折角の夜が台無しだわ・・・」
先生ががっくりと肩を落とす。
「はあ・・・」
ここで瑠奈は先程のベット上の男女を思い出した。なんだ先生も同じことしてたんだ。これで男性経験有りは間違いないわね。ここまで条件があっているのに別人だったなんて・・・しかも彼氏の名前も同じ・・・あっ!ヒロインの名前が違うや・・・ああっ、私ってなんておっちょこちょいなの・・・でも待って、なんで巨大化したんだろう?。
瑠奈の考えている途中で先生が声をあげた。
「そう言えば怪獣・・・そうよ思い出した。私達、かなり飲みすぎてベランダで夜景を見ながら涼んでいたら急に建物が揺れ出してベランダが崩れ、そのまま海の中に落ちて・・・そこから記憶が・・・そうそう、意識を失っているときに夢を見たわ。隆行さんがね、こんなこびとになってたの」
法子が人差し指と親指で大きさを見せると隆行は
「オレがか・・・」
と言って笑った。
「ねっ、変な夢でしょ。そうそう月里さんもいてね。月里さんは私と同じ大きさなんだけど、なぜかこの寒いのに水着姿でいてね・・・」
と、競泳水着姿から変身が解け、最初のコート姿に戻った瑠奈の方を見る。
(やばい・・・酔ってたくせに結構覚えてる・・・あっ、わかった!海の中に落ちた2人は彼が先にゲルリン星につかまって人質となり、その後で先生を巨大化させた。若い女性ならすぐ巨大化させる奴ならやりかねないわ。そして酔った先生に倒されてしまった。これで謎が解けたわ)
再び2人に目をやると、互いに見詰め合っている。
「海に落ちた時は怖かったわ、でも夢の中でこびとになったあなたを見たときはびっくりしちゃった」
「そういえば君の柔らかい掌の上ににいた感じがする」
隆行は法子の掌をさすりながら続けた。
「でも同じ大きさじゃないと、こうやって抱きしめあえないからな」
そう言うと隆行は法子の腰に手を廻した。
「だめよぉ・・・教え子が見てるわ・・・」
「いいじゃないか。性教育も高校じゃ教えるだろ」
「でもぉ・・・私、保健担当じゃないから・・・」
「生物担当だって大して変らないよ、生殖活動を教えるわけだから」
「それもそうだけど・・・」
だめだ。見てられないわ・・・瑠奈は歩き出した。
 しばらく行くと避難所となっているエリアに出た。こちらでは目の前で横倒しとなった大観覧車を未だに多くの人達が「信じじられない!」と言った顔でぽかーんと見ている。その中に倒れている男性を心配そうに覗き込む知っている顔を見つけた。
「四条さん。どうしたの?」
「あっ月里さん。実は彼氏が廻る観覧車を見続けて気分が悪くなたみたいでぐったりしちゃって」
まったく、さっきは失禁するし、今度は目を廻したって・・・だらし無い男ね。
「ねえどうしたらいい?人工呼吸とかしたらいいかしら」
四条靖子が心配そうに聞いてきた。
「だめよ、そんなの効かないわよ」
効く効かないと言うよりも、瑠奈は目に前でキスされるのが嫌だった。
「こうやって起こせばいいのよ。ほら、起きなさい」
そういいながら頬を叩いてやると、ウンウンとうめきだした。
「ほらね起きたでしょ」
「わあ、ありがとう」
さらに身体を揺らす。
「ほら、いつまで彼女に手焼かしてんのよ」
そして彼は目を開けた・・・のだが
「うわっーーーー!!!」
と悲鳴を上げてまた気を失ってしまった。
「ちょっと彼氏、失礼じゃない?乙女の私の顔を見たら悲鳴を上げて気を失ったわよ!」
「ご、ごめんなさい」
靖子は平謝りだ。でも瑠奈には判っていた。さっきの巨大化した私の顔が記憶の何処かで恐怖として焼きついているんだわ。それにしてもだらしない彼氏ね。
居ずらくなってそっと立ちあがり再び歩き出した。後ろを振り返ると四条さんは、こんな彼氏でもやさしく抱きかかえている。まったく愛というのはよくわからないわ。
 さて私も帰ろう。菜穂ちゃんが待ってる。と思ったとき、はっと気づいた。今もっているのは携帯電話だけだ。お金は菜穂ちゃんの家に置いてきたバックの中。これじゃ帰れない、と思ったとき掌からジングルベルのメロディが流れ出した。急いで通話ボタンを押す。
「はい、あっ菜穂ちゃん!」
携帯電話から聞こえてくる菜穂の声をきいて思わずほっとした。
『今どこにいるの?・・・あっ、見えた見えた』
えっ・・・何?と周りを見渡すと向こうの人込みの中から手を振りながら菜穂ちゃんがやってきた。
「えっ、どうしたの?どうしてここへ?」
「テレビでね、お台場で面白いイベントを中継してたんだけど途中で『しばらくお待ちください』のまま変らなくなちゃってね。続きが見たくってこうやってわざわざ来たのよ。イベントもう、終わっちゃった?」
(だから私は見世物じゃないって!)
瑠奈の嘆きにもかかわらず菜穂は喋り続けた。
「ねえねえ、それより瑠奈ちゃんの彼氏は何処?」
「彼氏・・・?彼氏って何の事!?」
瑠奈の困惑にもかかわらず、また菜穂は喋り続ける。
「何言いってんのよ。だって彼氏に会うために私の家から急いで飛び出していったじゃない」
あっ、そうだったわ。実は彼氏なんかじゃなくて怪獣をやっつけるため(それも九川先生がやっつけて、私はただビルを壊しただけ)にお台場に来たなんて、口が裂けても言えないわ。どう言い訳したらいいかしら・・・そうだ!
「あんな彼氏、別れたわ」
瑠奈は平然と答えた。
「別れた?どうして」
菜穂ちゃんがびっくりした顔をする。
「だって、すっごくだらしないのよ。怪獣が出たくらいで気絶するし、もう最低っ!私から別れてやったわ。愛する女性も守れないなんて最低よね」
瑠奈の頭に思い浮かんだのは、先程の四条さんの彼氏だった。乙女の顔を見て気絶したお返しに、言い訳に借りたのっだった。
「それはちょっとだらしないわね」
「でしょ」
瑠奈がそう答えると菜穂は微笑んだ。
「ふふっ。じゃあ瑠奈ちゃん。私と同じシングルベルね。さあ帰りましょ。クリスマスパーティーはこれからよ」
「そうね」
瑠奈も微笑みながら答えた。

11.『ジングルベル・シングルベル』
−終−

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